何てことのないお茶会
そして、ふとエリオットに目がいく。彼は今もオレンジ色のお菓子を次々と口に入れて幸せそうだ。その中には、私が作ったお菓子も入っている。それをエリオットはごく自然に口にしていた。
(……あんなに警戒していたのに)
やはりこれもにんじんの力……だけでもない、はず。
ここは、私に対する警戒心が薄れてきたと思っておきたいところだ。
ディーやダムも、ごく自然に私のお菓子に手を伸ばし食べている。「素朴」をまた連呼されているようだが、目を瞑っておきたい。
そう思っていると。
「……お嬢さん、本当にどうしたんだ? またぼぅっとして、心ここに非ずなようだったが……」
「!」
ブラッドが少し心配そうにそう言い、こちらの様子を窺っていた。
「ご、ごめんなさい。何でもないわ」
私はそう言うと、ブラッドは「怒っているわけじゃないさ。何もないならそれでいい……」とまた紅茶を啜り始めた。
(そう言えば、ブラッドの質問に答えずそのまま考え事をしていたんだっけ……)
ブラッドに悪い事をしてしまった。そう思っていると、ディーとダムが口を開いた。
「お姉さん、オレンジ色ばっかりあるから、きっと気持ち悪くなっちゃったんだよ」
「胸焼けかな。僕らは胸焼けって程じゃないけど、目を背けたくはなるよ。そもそも見ないけど」
双子は「うんうん」と勝手に解釈を始めている。
まぁ先程私の向けていた視線の先にはエリオットがいたので、それも辻褄が合わないという訳でもない。
だが実際オレンジ色の物体を見続けていたら、きっと胸焼けどころじゃないだろう。
そしてディーとダムの胸焼け発言に、エリオットは異議を唱え、ブラッドは深く同意している。
「ふむ……なるほど。それはとても心配だ、是非私の寝室で……」
「丁重にお断りするわ」
「お前ら可笑しいだろ。何でオレンジ色見て胸焼けしたり目を背けたりするんだ? 逆だろ普通。あ! ほらブラッド、お前も食えって!」
「……いや、私の事は構うな。お前だけですべて食え」
ブラッドは首を横に振り全身で拒否を示しているが、悲しくもエリオットにはまったく伝わっていないようで、
「んな遠慮しなくても、ブラッドが食べる分も、俺が食べる分もまだまだたっっっっくさんあるんだ!! ほら、遠慮せず食ってくれよ、ブラッド!」
「た、たくさ……、ぐっ……オレンジ色の物体を近づけるんじゃない……!!」
「兄弟、ボスが死にそうだよ」
「本当だね、兄弟。精神的ダメージが大きすぎるよ」
「……」
(何だか……平和だわ)
ふと、そんな事を思う。もはや私の心は境地に達してしまったのだろうか。
(まぁ、ある意味境地に達しているのかもね……)
ハハ、と乾いた笑いを浮かべ、私は紅茶を啜る。
ブラッドはエリオットの善意ある押し付けを拒むのに必死で、ディーとダムもそんな自分達のボスとその腹心には目をやらず二人で何やら勝手に楽しんでいる様子、どうせ私の事など見てはいない、いっそ突然歌いだしても良い気もする。……虚しくなるだけだけど。
「……ま、こんな日常も悪くはないのよね」
退屈は人を殺す――なんて言葉もあるのだ、目まぐるしいのも、悪いものではない。
私は、それを既に経験済みだ。
以前も、彼らとこんな風にお茶会をし、紅茶を啜り、騒いで――慣れてしまえば、何て事ない日々だった。
それは、今も同じ。
(同じようで、まったく違っている彼ら……)
私は、ずっと、ここに残っていたい。
彼らと一緒に、何てことないお茶会を、ずっと……。
「おや、アリス。皿が空じゃないか、私のをやろう」
「な」
人が(一人で)良いムードに浸っていたところを、ブラッドは慣れた手つきでにんじんケーキの乗った自分の皿と私の皿を素早く交換する。
何てことない、お茶会……。
「な……」
(何てこと、ある!!!)
ちなみに私はこのにんじんケーキを、既に二つ食している。その二つも、実はブラッドから押し付けられたもので、
「これ以上食べたら太るわよ!!」
「なにこれくらい食べてもどうって事はないだろう。君はもう少しふくよかでも良いと思うぞ、その方が抱き心地が良い……」
「そうだよ、お姉さん。抱き心地が良いか悪いかなんて比べたら、良いに決まってる」
「うんうん。骨ばったお姉さんより、ぶよぶよのお姉さんの方が面白いよ」
「俺は諜報員が太ってよーとガリガリでいよーと、諜報員である事はかわんねーからどうでもいい」
セクハラに次ぐセクハラ。約一匹は、セクハラと言うよりデリカシーが皆無と言った方が合っているかもしれない。
これのどこが〝何てことない〟なのだろうか。私は、私の発言を撤回したい。
「ほら、アリス……(食べろ)」
「お姉さん」
「お姉さん」
「アリス」
「な……」
(なんでみんなしてこっちを見てくるのよ!!?)
一同全員、こちらを見たまま視線を逸らさない。約一匹は、良くわかっていないまま場の流れに合わせて私を見ている気もする。こんな時だけ空気を読むなと心底思うところだが。
「た……食べればいいんでしょう!! 食べれば!!!」
こうなったらもう、やけくそだ。にんじんケーキいくらでも持ってこーい! という気分だ。……実際そんないくらでも持ってこられたら、吐くどころじゃすまないだろうが。
(……ブラッド……後で覚えてなさいよ……)
そう私は心に刻み、かくして、今回のお茶会も前回同様……最終的に私に厄介事が降りかかるような形で、幕を下ろしたのだった――。
作品名:何てことのないお茶会 作家名:ツバキ