何てことのないお茶会
私がソファーに腰を下ろすと、ブラッドもソファーへと腰を下ろす。自然と向き合う形になった。
「……で、どんな菓子を作ってきてくれたのかな?」
「……簡単なものよ」
ブラッドはやけに上機嫌だ。そこがまた私の神経を逆撫でする。
私はバスケットから一つの袋を取り出し、それをブラッドに手渡す。ブラッドはその袋を受け取ると、さわり心地で分かったのだろう、その中身を見事言い当てた。
「クッキーか、ありがたく頂こうじゃないか。――……と、お嬢さん……これは……」
袋を開け、中身を見た瞬間ブラッドは青ざめる。それもそうだろう、私はあの中身に、にんじんクッキーを数枚程度入れておいたのだ。
「ふふ、中々良くできているでしょう? そのにんじんクッキー」
「……あ、あぁ。良く出来ているよ……とても、美味しそうだ」
ブラッドの震えを隠しきれていない声に、尚も青ざめ続けている顔。嗚呼……何だか私の中の開けてはいけない扉が、トントンとノックされているような感覚。
(……)
ノックされると、開けてしまうのが普通の扉。普通の扉なら開けてしまっても一向に構わない、だが……この扉は開けるべきではないと、私の理性が言っている。
……まぁとりあえず、それは置いておいて。
(全部にんじんクッキーじゃないだけ、ましと思いなさい)
それだけは、強く思っておく。さすがに全部にんじんクッキーでは可哀想だと思い、数枚にとどめておいたのだ、それに、きっと美味しい。
(ハートの国であれ何であれ、エリオットには美味しいって言ってもらっていたもの……!)
ハートとダイヤでは私に対する対応が雲泥の差だが、それでもエリオットはエリオット、正直なところは変わらないだろう。
私はブラッドをじぃっと見つめる。
「……そんなに鋭い目で見つめなくても、ちゃんと頂くよ」
そう言ってブラッドはにんじんクッキーを一つつまみ、口へと運んだ。
「!」
(食べた!)
思わず身を乗り出してしまいそうになったが、寸でのところで留まる。
そしてにんじんクッキーにより少々強張っていたブラッドの顔は、みるみるうちに緩んでいく。
「……美味い」
「やった!」
思わずそう叫んでしまう。
何だか好き嫌いの激しい子供の苦手を克服させた――そんな気分だ。おかしな達成感がある。
そしてその後ももぐもぐとにんじんクッキーを咀嚼するブラッド。
「……ふむ。にんじんクッキーと言っても、そこまで濃いオレンジ色はしていないし、にんじんの味もあまり感じないと言ってもいい……いや、にんじんが嫌いというわけではないが」
ブラッドはおかしな弁解をしながら、「美味い」と普通のクッキーも口に運んでいる。
「まぁ……オレンジっていうオレンジ色を見たら、ブラッド……泡を吹いて倒れそうだから多少薄めたのよ」
「お嬢さん……私は泡を吹いて倒れたりなどしないよ」
「……そうかしら」
ふとしたきっかけでなりそうだけど。具体的に言えば、お茶会で。
あれだけ頻繁に開かれるお茶会で、ほぼ毎回出てくるオレンジ色の物体(そしてエリオットの善意からくる押し付け)、いつか突然ブラッドの中の何かが切れたっておかしくはない。
「……時にお嬢さん、そのバスケットの中にはまだ何か入っているのか?」
クッキーや紅茶を啜る手を止め、ブラッドは尋ねてくる。
「? えぇ、入ってるわ。作りすぎちゃったから、同僚たちにも配ろうかと思って――」
――という私の考えは、ブラッドによって強制的にやめさせられる。
「同僚に配るのはまた今度にして、今は私と、君の作った菓子でお茶会を開こうじゃないか。たくさんあるのだろう?」
「……は?」
口をあんぐりと開け、目を真ん丸にしてブラッドを見る。
「お茶会って……ここで?」
「たまには室内も悪くはないだろう」
「……二人で?」
「うるさいのがいなくていい」
「私のお菓子で……」
「何か問題でも?」
ブラッドは「さぁ、早く出せ」と目で訴えてくる。
(いや、いやいや……そんな大層なものでもないのに……!)
先程ブラッドは私のクッキーを美味い美味いと食べてくれはしたものの、それはきっと自分の予想よりも少し上だったので美味しく感じた、ただそれだけだ。
形が歪なものもあるし……実質、やはりここのシェフの方が断然美味しい。それなのに……。
「私は、君の作った菓子が食べたいんだ。それとも……こんな言葉だけでは不十分だろうか?」
「……」
妖しくニヤリと微笑むブラッド。それを前にしては、従う以外の選択肢はない。
「…………そうね。たまには、こんなお茶会もいいかもしれないわ」
私は参ったといった感じでそう答える。実際、参ったのだ。
私は机にバスケットを置き、その中身を取り出し始める。
「これは……ずいぶん多く作ったんだな」
「えぇ、楽しくてつい、ね」
ブラウニー、スコーン、クッキー、チョコなど一通り並べ終え、私はソファーへと腰を下ろしなおす。そして――
「……私のお菓子を食べたいって言ってくれたんだもの。もちろん、ここにあるお菓子全部残さず……美味しく食べてくれるんしょう?」
そうにっこりと私は微笑み、それを聞いたブラッドは――顔が引き攣っていた。
*** ***
「うんうん、やっぱりお姉さんのお菓子は癖になるね。兄弟」
「そうだね、兄弟。素朴ってこんなにも癖になるものだとは思わなかったよ」
「…………悪かったわね、素朴で」
ボソリとそんな事を呟くが、ディーとダムの耳には届かず、エリオットはにんじんケーキを両頬いっぱいに詰め込み、そしてブラッドはいつもの通り紅茶に心を奪われている。
その後もディーとダムは「素朴」という単語を連呼し、私の作ったお菓子を食べている。一体貶しているのか褒めているのかまったくわからないが、当の本人からしたら褒めてもらっているなどとは一向に思えない有様だ。
平静を保ち、私は一口紅茶を啜る。
「……はぁ」
紅茶が美味しい。今はそれだけが、私の心に余裕を与えてくれる。
皆それぞれ今自分がしたい事を存分にしているなぁ、とお茶会のメンバーをざっと見渡しふとそう思う。
(……ふとそう思わなくても、常にそうよね)
うんうんと心の中で相槌を打っていると、ブラッドが話しかけてくる。
「……どうしたんだ? お嬢さん。ぼぅっとして」
「え、いぇ……何となく?」
そう指摘され、思わずはぐらかしてしまう。
そしてブラッドは、はぐらかされた事には何も言わず、じぃっと私の顔に視線を向けてきた。
「……? な、何?」
「……いや、口許が緩んでいるようだが」
「えっ」
ブラッドにそう言われ、すかさず口に手を当てる。
(……に、にやけていたの。私)
途端に恥ずかしさが込み上がってくる。口許が緩んでいたなど、全く気付いていなかった。
「ふふ、何か面白い物でも見ていたのかな?」
「うーん……」
そうだ、一体私は何に対してにやけていたのだろう?
いつものように、お茶会の席で騒いでいる彼らを横目に紅茶を啜っていたはず。
(……)
作品名:何てことのないお茶会 作家名:ツバキ