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そのリンの眼が、特に意識した様子もなく、ハルカがさっきまで身を横たえていた寝具のほうへと向けられた。
リンの視線の動きが枕の近くで止まる。
枕の近くに置かれている物を、リンは見ている。
卵型の銀細工の容器。
中には薔薇の精油の入った小瓶が収められている。
祭の日にリンからもらった物だ。
リンがそれをじっと見ているのに気づいて、ハルカは、しまった、と思った。
枕元に置いていることをリンに知られたくなかった。どうして知られたくなかったのかは、わからないけれど。
リンからなにかを言われるまえに、その注意をよそに向けさせたくなった。
「リン」
呼びかけると、リンはふたたびハルカを見た。
ハルカは続ける。
「マコトと一緒に助けてくれて、ありがとう」
礼を言った。リンの注意を銀細工の容器からそらしたかったのがきっかけでだが、いつか礼を言わなければいけないと思っていた。だから、心からの言葉だ。
幼い少年を助けるために必死で泳いでいた、あのとき、川岸までがやけに遠くに感じて、力尽きそうになっていた。
リンとマコトが助けに来てくれなければ、幼い少年を助けるどころか、ハルカも命を落としていたかもしれない。
ハルカはいつもは冷静な瞳を強くして、感謝の気持ちが伝わるように、リンを見た。
リンは驚いたように眼を丸くした。
それから、白い歯を見せて笑った。
嬉しそうだ。
「あのとき、おまえは川岸近くまで泳いで来てたんだ。俺もマコトもたいしたことはしてねえよ」
軽い調子にもどって、リンは話す。
「あんなに水かさが増してて、勢いよく流れてる川ん中、小さい子供を抱えて、よくあそこまで泳いだな」
リンは眼をきらめかせ、ハルカの瞳をのぞきこむように見る。
「おまえ、すげえよ」
その明るい笑顔から、本気で賞賛しているのが伝わってきた。
しかし、ハルカはどう反応していいのかわからなくて無表情のまま黙っていた。
こういうときは顔を輝かせて喜べばいいのかもしれない。それをしないから、自分は冷めていて子供らしくないと評されるのだろう。
リンはハルカの反応の無さを気にせず、口を開く。
「それにしても、あんなに雨降るなんてな。おとついも、雨、降ったし。越して来るまえから聞いて知ってたけど、この街は冬になったら本当によく雨が降るな」
さっきまでと同じ軽い調子だ。
「王都も冬になったら雨が降る。でも、降る日数は少ねえし、降っても、あんなには降らねえよ」
さらりとリンは王都の話をした。
海沿いにあるこの街と、内陸部に広がる砂漠に近い王都では、気候が違う。そのことをハルカは以前から知っていた。ただ、聞いただけのことなので、その気候の違いをリンのように肌で感じたわけではない。
ハルカは黙ったままリンの話を聞き続ける。
「だけど、王都は寒暖差が大きいんだ。この街の夏だって暑いって思うだろうけど、王都の夏はもっと暑い。それで、冬は、この街よりも寒いんだ」
リンが遠い眼をした。王都を思い出し、懐かしむような眼。
その眼が、ハルカへともどってくる。
「だから、この街のほうが過ごしやすい」
でも、王都は麗しの都なんだろう。そうハルカは思った。
ハルカは商家の娘だ。商いなどの目的で王都に行った大人たちから、ハルカが興味が無くても、王都の話を聞いたこがある。
王都は美しく、立派だ。市場にしても、いろんな施設にしても、この街とは規模が違う。洗練されている。この国の都としてふさわしい、国民として誇れる街だ。
特に宮殿は素晴らしい。外から見ただけだが、息を呑むような壮麗さだった。
そう話す大人たちは魅了されている様子だった。
ハルカの中に王都への憧れは無い。
しかし、王都でも特に素晴らしいと言われる宮殿で、しかも王族として暮らしていたリンはどうなのだろう。憧れはないだろうが、王都と比べてこの街を野暮ったく感じて、やっぱり王都に帰りたくなったりはしないのだろうか。
ハルカの静かな眼差しを受けて、リンは笑う。
「それに、ここは自由だからな」
明るく言い、さらに続ける。
「俺さ、商人になろうと思ってるんだ」
つい、ハルカは眼を丸くした。驚きが顔に出た。
王族のリンが商人になるつもりでいる。まったく予想していなかったことだ。
そんなハルカの反応がおもしろかったのか、リンはいたずらっぽく笑った。
「それで、この街を拠点にして、商いの旅に出るんだ。船に乗って海を渡って、いろんな国へ行くんだ」
リンは話しながら想像してわくわくしている。その気分の高揚がこちらにも伝わってくる。
思わず、ハルカは言う。
「もしかして、おまえ、おとぎ話のような冒険に憧れているのか?」
幼いころに聞いた物語がハルカの頭によみがえっていた。
生まれに恵まれなかった青年がひょんなことで精霊と出会って精霊を助け、その精霊の力を借りつつ、いくつもの海を渡って様々な国を旅し、盗賊など悪人を倒したり、隠された財宝を見つけたりして、やがてお姫様を助けて彼女と結婚し国王となる話。
「そこまで夢見ちゃいないさ」
リンは軽く否定した。
それから。
「俺は見たことのない景色が見たいんだ」
強い意志の宿る眼をハルカに向けて言った。
晴れやかな表情をしている。
いま語った未来を、きっとリンは本気で望んでいる。それが、わかった。
ハルカはただじっとリンを見る。
ふと、リンの顔から笑みが消えた。なにか気まずいことでもあるような表情になった。
「それで、さ」
ハルカから眼をそらし、言いづらそうに切り出してから、けれども話を続けずに黙った。
ためらっているようだ。
リンがチラッとハルカを見た。
そして、大きく息を吐いた。
そのあと、決意したような表情になる。
リンは真正面からハルカを見据えた。
「ハル」
そのリンの声から緊張が感じられる。
「いつか、俺と一緒に、見たことのない景色を見に行ってほしい」
手を拳に強く握り、リンは続ける。
「ダメか?」
整った顔の表情は硬く、また不安そうな色もある。
ハルカは無表情のまま小首をかしげた。
リンから問いかけられた内容について考え、少ししてから答える。
「将来、商いの旅に出るつもりだから、かまわない」
一緒に商いの旅をしたいということなのだろうと思った。ハルカにとってはあくまでも仕事の旅なので、旅先で勝手気ままに動かれるのは困るが、それがなければ、一緒に商いの旅をするというのは悪い話ではないように思う。
だが、ハルカが承諾したというのに、リンは口を引き結び、不満そうな顔をした。
この表情、見たことがある。
ああ祭の夜の、とハルカが思い出したとき、リンは口を開いた。
「そうじゃねえよ!」
イラだちのあらわれた厳しい声。
しかし、その表情は切なそうでもある。
伝えたいことがあるのに、うまく伝わらないような。
「そういうことじゃねえよ!」
リンの瞳が、一瞬、迷うように揺れた。
けれども、すぐにその迷いを振り切ったような強い表情になり、言う。
「俺はずっと一緒にいてほしいって、おまえに、俺の、は、花嫁さんになってほしいって、言ってんだよ……ッ!」
言い終わった直後、リンは顔を勢いよく横に向けた。その口は引き結ばれている。
花嫁さん。
さすがに、ハルカはリンの言ったことの意味を理解した。
作品名:♯ pre 作家名:hujio