サクラサク
「兵助…?どうしたの…?」
雷蔵が声を掛けると、兵助は大きく溜息をついて今度は先ほどの剣幕が嘘だったかのような落ち込んだ声音で答えた。
「飛行機には…乗りたくない」
友人の思いがけない告白に、雷蔵と三郎はきょとんと目を見合わせたが、兵助との付き合いが二人より長い八左ヱ門だけは「ああ!」と納得した声をあげた。
「そういえば兵助飛行機嫌いだもんな〜」
忘れてた!とあっけらかんと笑う八左ヱ門を兵助は恨めしげに見た。
「…何で、飛行機キライなの?」
そう問うたのは、雷蔵だった。
小さく震える雷蔵の手を、三郎は二人には見えないように机の下で握り締めた。
雷蔵の様子には気付かないまま、兵助は「別に…」と頬を膨らませて答える。
「理由なんて…特に無いけど。でもなんかイヤなんだよ。飛行機って。いつ落ちるかわかんないし…」
「心配症なんだよ兵助はー!前にもさーオレが家族旅行で北海道行くっつったらさー飛行機乗ったら絶交だ!っつってさー大泣きしたんだよなー」
「あっバカ!ハチ!それ言わないって約束しただろ!」
「えっそうだっけー忘れたーーー」
はは、と笑いあいながらじゃれあう二人に三郎は呆れた溜息を零しつつ、隣の雷蔵の様子をそっと窺った。
手の震えはまだ止んではいない。
少し顔を俯けているせいで、目元は分からなかったが、口元は嗚咽を堪えるように唇をかみ締めているのが分かった。
「ハチ、兵助」
じゃれあっていた二人が三郎の声に顔をあげると、三郎は雷蔵と共に席を立ったところだった。
「どっか行くのか?」
兵助が問えば「連れション〜」と三郎がおどけて答えた。
「早く帰って来いよー!どこ行くか決めるんだから!」
と扉を出て行く二人の背中に八左ヱ門が声を投げるとひらひらと手を振って、二人は廊下に姿を消した。
「雷蔵?」
人通りの少ない非常階段の影に三郎は雷蔵を連れ込み、いまだ小さく震える体を抱きしめた。
「雷蔵、大丈夫か?」
三郎の声に、雷蔵はふっと息を吐いて体を弛緩させる。
「…ごめん、大丈夫…」
「どうした?」
「少し、うれしく、て…」
雷蔵はそこでようやく顔をあげて三郎を見た。
その目は潤み、三郎が危惧したとおり、涙がいっぱいに溜まっていまにも溢れ出しそうなくらいだったが、
予想外にもその涙は悲しみを湛えているのではなく、喜びにあふれているのであった。
「うれしい?」
その涙の理由が分からず、三郎は聞いた。
「…だって、兵助、記憶は無くっても覚えてたってこと、でしょ?」
兵助の飛行機嫌いは、前世において、飛行機が愛する友人たちを奪ったことに起因するのではないか、雷蔵はどうやらそう考えているらしかった。
「そうだな」
確かではないにしろ、否定出来ることでもない。三郎は、頷いた。
「兵助は兵助なんだよね…」
「そうだな」
「同じ、魂なんだ…」
「そうだな」
「そう、思ったらうれしくなっちゃった…」
「…そうだな」
雷蔵が、とつとつと語る言葉に、三郎はただ相槌を打った。
「僕らのことも、少しでも覚えていてくれた…」
話すうちに、再び感情が高ぶったのか、雷蔵はついに涙を零した。
頬を滑り落ちるその涙を、一粒ずつ拾い上げながら、三郎は何度も頷いた。
「うれしいよぅ」
「そうだな…」
夏休みには、飛行機には乗らずに旅行に行こう。
何度も何度も電車を乗り次いで行くのもきっと楽しいだろう。
彼らにとってはじめての17の夏だった。