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feel you

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「… いいお天気っ」


駅のホームへ降りたって
低い屋根の向こうに見える
澄んだ青空に澪は心を踊らせた。

今日やってきたのは、
群馬県の高崎市…

大好きな彼がいる街だった。


ふと、手首にはめた腕時計に
澪は目を向けると、時計の針が
約束の時間をさしていた。


「…いけないっ もう時間ギリギリ!」

早めに家を出てきた澪だったが
乗り換えのホームで迷ったり、

途中電車が遅れたりして、
結局約束の時間ギリギリになってしまった。


「そんなぁ…
ちゃんと調べてきたのに。
…急がなくちゃっ」

ハンドバックを持ち直し
澪が慌てて改札口へと向かうと、

改札の向こう側に
何度も頭に思い描いた
純白のFCが瞳に映る。


見えない力に
吸い寄せられるように

FCへ近付いていくと、
澪の姿を見つけた涼介が
運転席から降りて柔らかく微笑んだ。


「…ごめんなさいっ
…待たせてしまった?」


涼介の顔が見えた瞬間、
澪は思わず駆け出してしまった。


「俺もいま着いたばかりだ」

「そう… よかった」


涼介の穏やかな表情と

耳に心地よい低い声音に

ホッと胸を撫で下ろしながら
澪は安心したように微笑み返した。





涼介にエスコートされて、
澪が助手席に座るとどこからともなく
涼介の香りがするような気がした。

気遣うように静かに
閉められたドアに

ドキドキと心を震わせながら
澪は唇を結んだ。


「疲れてないか? ここまで
来るのは大変だったろう」


軽やかに走り出したFCは
風を切って駅前を後にした。


「ううん、…平気。普段はあまり
遠くまで出掛けたりしないから、
楽しかったよ」


ふいに向けられた労るような

柔らかい眼差しにドキリとしながら、
涼介の優しい気遣いに澪は頬を緩めた。


高崎駅に着くまでの間、
澪は新幹線の窓から流れる景色を
ずっと眺めていた。


澪が住む東京にも街路樹や
綺麗な花壇の公園もあるけれど、

こちらのように青々と
生命力溢れる緑は少ない。

車窓から自然豊かな
景色を眺めているうちに

澪の心もリフレッシュされて、
長距離の移動もまったく
苦にならなかったのだ。


「…そうか。それならいいんだが」


いざ、本人を目の前にすると
何を話したらいいか
澪はわからなくなってしまった。

話したいことはたくさん
あったはずなのに、
今は何も浮かんではこなかった。


隣に涼介がいる…


それだけで澪の心はすっかり
満たされてしまったような気さえする。


けれども、緊張感からか
涼介の仕草ひとつひとつを
意識してしまった…


それを知られてしまうのが
澪は恥ずかしくて、
街並みに視線を向けた。


手を伸ばせば触れられる距離。

意識せずにいるなんて…
澪にはできそうにない。



大きな通りの交差点に差し掛かった
ところで信号が赤に変わり、
横断歩道の手前で車が停車した。

何気なく正面へ顔を向けると
視界の端にこちらを見つめる双瞼が
あることに気が付いた。


「な… なに?」

そちらへ顔を向けると
一層優しげに双瞼が弧を描く。


「…しばらく会わないうちに綺麗になったな。
…昔はとんだじゃじゃ馬だったが」


「…ひと言余計よ」


頬が熱くなるのを感じて、
澪は思わず視線をそらしてしまった。


そんな風に見つめられると
堪らなくなってしまう。


相手の胸中を知ってか知らずか
涼介は気分を悪くすることもなく、
そっぽを向いてしまった相手の横顔を眺めた。

形の良い小さな耳と
ふっくらと柔らかな頬が
赤く染まっているのは、

今日の高崎が今年、最高気温を
観測しただけじゃないことは
よく理解していた。


「俺は本当のことを言ったまでだ」


フッと目を伏せて、
口元に楽しげな笑みを浮かべた。


「もうっ」


幼い子供がするように
ぷくっと頬を膨らませて

拗ねたように眉を下げて
澪は涼介を見上げた。


その昔と変わらない仕草に
涼介は愛しさが込み上げて
くるのを感じて、

ハンドルを握っていた左手を離し…


澪の唇の端にかかった細い髪を
壊れ物でも扱うかのように
柔らかな手つきで静かに払い除ける。


そのまま長い指先で
髪をかき上げるように撫で、

涼介は赤く色づいた小さな耳に
横髪をかけた。


「……っ」

予期せぬ涼介の行動に
澪はなにも言えずに

思わず呼吸を止め、
身体が固まってしまった。


澪の恥じるように揺れる瞳を
涼介は静かに見つめて、頬に触れた。


…ほんの数秒の出来事だった。


信号は赤から青へと変わり、
FCが再びゆっくりと走り出す。

頬に添えられた手は
今はもうハンドルが握られていた。


自分の身に起きたことが
この上なく恥ずかしくて、

澪は正面を向いて
堪えるように俯いた。

羞恥から小さく唇を噛んで、
行き場のない恥ずかしさを
澪は胸の中に押さえ込む。


耳に触れられた手の感触が
まだ残っているようで

なんだか少し、くすぐったい…


澪はちらりと横目に涼介を
盗み見る。


すると澪の視線の先に、まるで

好きな女の子にいたずらをして
成功した小さな男の子のように、

悪戯っぽく笑う涼介がいた。





お昼を食べるには
少し時間が早かったため、

二人は駅から近い場所にある
美術館に行くことにした。


美術館に来るのは
どれくらい振りだろう…


最近の澪は、仕事が忙しく
休みの日は家のことばかりして
いた為、外出らしい外出もなかった。


でもそれはきっと、
涼介も同じだと澪は思う。


実際に、澪以上に
忙しい日々を涼介は送っていた。

医学部とプロジェクトDという
チームの活動がある。


自分だけの自由な時間は
殆んど取れていないはずだ。


涼介にとって貴重ともいえる
せっかくの休日を、
わたしに宛ててしまっている…


澪は最初二人の予定が
合ったことに喜んでばかりで、

涼介のことを充分に考えて
あげられなかった。


約束を交わし、
あとからそのことに気が付いて
澪は自分の軽率さを反省した。


それから一度断ろうと連絡を
入れたが澪だったが、

何も心配しなくていい、
と涼介に半ば強引に押し切られて
しまった。


家を出て電車に揺られているときも
申し訳ない気持ちでいたのに…

駅で涼介に会ったとき
澪は嬉しくて、会いに来れて良かったと
心底喜んでいた。


涼介には感謝する気持ちでいっぱいだ。





美術館の入口で受付を済ませて
正面のエントランスホールを抜けると、

壁に掛けられた色とりどりの
絵画と白亜の彫刻が並ぶ広間に出た。

絵画も彫刻も様々で、
その中でも一際大きな絵画の前で
澪は足を止める。



(…これは、花?

あ、……違う。

これは光で…それが

湖面に映って、…まるで…)



「随分熱心だな…。この絵が気に入ったか?」


考えに耽っていたところに
声をかけられて澪はふと我に返る。

すぐ隣で涼介が先程の自分と
同じように絵画を見上げていた。


作品名:feel you 作家名:綾女