feel you
「…わたしは何処にもいかない。
…ずっと涼介と居たいって思ってるよ」
今ここで涼介の心を捕まえなければ、
また見失ってしまう気がした…
「…涼介と一緒なら、
わたし、なにもこわくない…」
伝えなくちゃ…
かなしい想いはしたくない。
涼介にだって、させたくはない…
「澪……」
「涼介は、こわい…?」
そう訊ねて、涼介の顔を覗き込むと…
いつも澪を見守っている
温かな優しい瞳をそこに見つけた。
「……お前がいるなら俺もこわくない、か」
ふと、目を伏せて涼介が微かに笑う。
「…うん」
わたしの言葉が涼介の力に
なれたら…
ううん、なってほしい。
「澪…」
「なに…?」
涼介の澪を呼ぶ声に
僅かに緊張の色が見えた。
「……好きだ、お前のことが…。
…一番大切に思っている」
今までにないほど、
真剣な涼介の眼差しに
澪の身体が急速に熱を持つ。
「涼介……」
ずっと前から知っていた気がする…
わたしを見つめる瞳の奥で
不安に震えていた気持ちも。
「俺の側に居てくれないか…
これから先も」
いつだって、必死に伝えようと
してくれていたことも…
「…もちろんっ… 」
わたしも傷付いてしまうのが、
こわかったからわかるよ、涼介
「大好き…… 涼介…」
嬉しくてやっぱり最後に
泣いてしまった。
でもこれは、嬉し泣きだからいいよね…
「…まったく …世話が焼けるぜ…」
「んっ…」
ふー… と、詰めていた息を吐いて、
涼介がその広い胸に澪を抱き寄せた。
「… いつもそう、思っていたの?」
つい先程、やっとお互いの気持ちが
わかって結ばれたばかりだというのに。
涼介の言葉に
澪は軽くショックを受けた。
「…………」
「……今、しまったって思わなかった?」
さすがの澪もチクッと
胸が傷んで小さく俯き、
涼介の肩を押して身体を離した。
「ほら、昔の人は言うだろ?
…手のかかる子ほど可愛いってな」
「手がかかる……」
捉え方を変えようと試みて
かえって墓穴を掘ってしまい、
さすがの涼介も苦笑した。
「…俺とずっと居てくれるんだろ
?」
うじうじしながらも、
…そうだけど、と澪は言いかけて
涼介を見上げると
息が触れそうなほど近くて、
今更ながら顔から火が出そうになった。
あまりに近い距離で、
目のやり場に困って澪がさらに俯くと
「どうした…?」
気付いていないのか、
それともわざとなのか。
涼介がからかう様に笑って訊ねる。
その声が普段よりいっそう
甘く聞こえるのは、
もう澪の気のせいではなかった。
「りょうすけ…、あの、あのね…」
また困らせてしまう…かな?
それとも…
涼介の手が澪の髪を
優しく撫でた。
そのまま顎に手を添えられて
澪は導かれるように顔を
上に向けられ、涼介を見上げた。
どこか余裕さえ感じる涼介の
微笑みに、
胸が大きく高鳴って
澪は覚悟を決めて唇を開く。
「…い、一緒にいて…?
涼介… 帰りたくない…っ…」
羞恥で震えてしまいそうになる声を
必死に押さえて、
祈るような気持ちで涼介に告げた。
澪が大胆になれたのも
この人気のない場所と
暗がりのおかげだった。
とてもじゃないけれど、
こんなお願いは明るいところじゃ
出来ない…
顔を見られてしまわなくて
良かったと澪は思う。
自分がいま、どんなはしたない顔を
してしまっているか、
想像して一層赤面する。
…丁度そのとき、駐車場に入ってきた
一台の車がFCの前を通りすぎて行った。
流れるように消えていった
ヘッドライトの光の先で、
ほんの一瞬だけ涼介の顔が
見えた気がした。
駐車場にやってきた車は方向転換を
しただけですぐに出ていったが、
ヘッドライトが当てられたその瞬間、
涼介にも澪の顔が見えていた。
自分を見つめる瞳は
切なく熱を孕んで潤み、
薄く開かれた唇から
覗いた赤い舌が艶やかで
涼介は目が離せなくなってしまった…
再び戻った静寂のなかで、
涼介が動いた。
囚われたままの顎が
少し上向きに角度を変えて、
鼻先が触れ合ってしまうくらい、
涼介の顔が近い。
もう目を開けていられなくて
澪が瞼を閉じると、
「……ッ」
それを合図に涼介の唇が
柔らかく澪のそれを塞いだ。
澪は思わず涼介のシャツに
手をついて、身体を預けると
もう一方の手が首の後ろに静かに
回され、口付けがより深いものへと
変わっていく。
澪はこの上なく幸せな気持ちで
胸がいっぱいになり、
涼介に求められてはそれに応え、
涼介もまた澪に応えた。
口付けを交わしながら、
涼介の体温が澪の身体に
流れ込んでくるようで、
身体が熱く火照り出す…
じんと頭の芯が甘く痺れて
澪は何も考えられなかった。
⭐
深く浅く、何度も角度を変えて
飽きることなくお互いを求め合い、
涼介は名残惜しそうに唇を静かに離す。
ようやく離れた頃には、
澪の息がすっかり上がってしまい
頭がクラクラして、視界が揺れた。
そんな澪の様子に
涼介が眉尻を下げて困ったように笑う。
「…もともと、大人しく帰してやるつもりは
なかったが… …あんな顔をされたら尚更だな」
「……?」
バケットシートにすっぽり収まった澪は
まだ痺れるように甘い唇の感触に
頭がついていかなくて、
涼介が隣で何かすごいことを
言っていたような気がするけれど、
よく分からなかった。
空気を入れ換えようと涼介が
車のキーを回し、窓を開けた。
まだ少し冷たい風が
わたしの頬を掠めて、
気持ちがいい…
「…涼介、」
「寒いか?」
身体の熱に浮かされて、澪は
蕩けきった表情のまま涼介の
服の袖を掴む。
「もう一回…」
覗き込んだ涼介の瞳は
見たこともないくらい
穏やかでどこまでも優しい瞳をして
澪を見つめた。
「…一回だけでいいのか?」
からかうように笑う涼介の声が
甘く響いた。
澪はゆっくりと手を伸ばし、
すがりつくようにその首に手を回した。
「… 大好き」
涼介の手が澪の腰に回されて、
澪はゆっくりと目を閉じる。
…それは涼介と初めて
過ごす夜だった。