旅立ち集 ハイランダー編 No3
ウィルの言葉に、サイモンが柳眉の皺を深くする。調査隊としてここに来たのなら、やはり今の言葉は聞き捨てられないのだろう。
「リッ……。いえ、フレドリカ……」
少女が口を開いた。
「フレドリカ……、アーヴィング……」
うろ覚えの言葉を一字一句思い出すように名乗った。
「フレドリカ・アーヴィング?」
「それが君の名前か?」
「……たぶん」
どすん。
どすんと、駱駝の足音が迫ってくる。
反射的にウィルが槍を構え、その隣にラクーナが立つ。前衛は彼ら二人。そして後衛が残り三人という、即興ではあるがパーティが出来上がった。
「頭数は揃ったけど……。相手は強いわよ」
「強くても弱くても、倒す、しか道はねぇだろ」
「正直僕ら三人とも、長期戦は経験が少ない……」
「どうりで……。頼りないと思ったわ」
「な、なんだとこらぁ!」
「お馬鹿! 戦う相手を間違えるな!」
「喧嘩しないのアーサー!」
「…………」
ただ一人沈黙したまま、ウィルは駱駝を静観する。だが彼は駱駝だけを見ているわけではない。それまで見た、四人の戦う姿が、無意識に彼の視界に再生されていた。
たった一度見ただけで、各々の身体能力と武器の有効な活用が、手に取るようにわかった。
「ラクーナ、だったな?」
「そうよ」
「僕の槍ならリーチが長い。これで急所を貫く。さっきみたいに、敵の注意をそらしてもらえるか?」
「ええ。いいわよ」
前衛で指示を出す彼の背中に、後衛三人も静まり返った。
「サイモンは、今は自分の治療に専念してくれ。フレドリカは正確な射撃で足を狙え。敵のスピードを奪うんだ。アーサーは基本動くな。術式は乱発せずに、反撃の迎撃にのみに集中して使うんだ」
「了解した」
「わかったわ」
「なんでお前に指図されなきゃなんないんだよ」
サイモン、フレドリカ、そして唇を尖らせながらもアーサーが了解する。
(――なんでだろう?)
ウィル自身も初めて気付いた。僅かな観察だけで他人の能力を把握し、指示まで出せるなど。これがハイランダーの力なのだろうか。それとも、これが族長の言うマクレガー家の血筋によるものなのだろうか。
「みんな、準備はいいか?」
「その前に一つ訊いておきたい」
後衛からのサイモンの声。
「君の名前を、教えてくれるか?」
ウィルは肩越しにサイモンを見ると「僕の名はウィル――」と答えた。そして正面を見据え、槍を構え直した。
「ウィル・ロイ・マクレガーだ」
不思議と心が落ち着いている。セイレーンと対峙した時に比べ、異常なほど冷静でいられる。
あの時よりも、自分が強くなったからか?
少しでも一流の冒険者に近づけたからだろうか?
いや違う。
強くなったからではない。
そもそも自分は強くなってなどいない。たった一人で我流の槍術を鍛えただけで、何ができるというのだ。
強くなったからじゃない。
誰かが傍にいるからだ。
ひたすら己の力だけを鍛え、それだけを追い求めたウィルにとって、連係、援護、補助を共にできる人間が傍にいるのは、やすらぎのような感覚だった。隣には援護を受け持つ騎士がいる。後衛には回復係と飛び道具を持つ二人がいる。
彼らと一緒なら、未熟な今の自分でも魔物と戦えるような気がするのだ。
レンやツスクルに頼っての戦いではない。これが彼にとって初めての、共闘というものだった。
「行くぞ!」
ウィルの合図で五人は一斉に各々の役目をはたそうとする。ウィルはラクーナと共に駆け出し、己の槍を駱駝へと構える。
ウィルにとって初めての共闘と、そしてエトリアの運命を左右するであろう彼の物語が今、始まろうとしていた。
了
作品名:旅立ち集 ハイランダー編 No3 作家名:春夏