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旅立ち集 ハイランダー編 No3

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やはり男は軽装。すらりとした長身を白衣に包み、理知的だが少し冷淡さも覚える顔立ちは、医者や科学者を連想するが、彼の腰には立派な剣が収められている。

女の方は腰まで伸びた赤い長髪と、紋章入りの巨大な盾を持っている。鎧は肩鎧と胸当てと胴回りという、聖騎士にしてはいささか軽装備だが三人の中では一番の装備だった。


「あ、あの」

「え?」


少女が自分に話しかけてきた。地割れに見知らぬ人物達の参入にと続き、ウィルは少女への警戒などすっかり忘れ、気付けばすぐ隣に立っていたのだ。


「助けてくれてありがとう」

「あ、ああ」

「なんでそんなに離れるの?」


無意識に後退るウィルに、少女が首を傾げる。


「君は、人間なのか?」

「当たり前じゃない」

「……本当に?」

「ねぇ。槍を向けるのやめてもらえる?」


壁際でぎこちない会話をする二人をそっちのけで、見知らぬ三人は魔物と戦っている。


「いっくぜぇ、駱駝野郎!」

「アーサー、無防備に突っ込むな! ラクーナ、あのお馬鹿を頼む!」

「任せて!」

アーサーと呼ばれた少年に、駱駝の蹴りが放たれるが、それをラクーナの盾が受け止める。


「ほらほらっ、こっちよ!」


防御を終えたラクーナは、剣で盾をがんがんと打ち鳴らし、魔物の注意を自分へ向ける。挑発である。


その隙に敵の懐にもぐり込んだアーサーは、左手の籠手を発動する。


「くらえぇ! 俺流最強火球の術式!」


彼の体格に対してあまりに大きすぎる籠手が、翠玉色に輝くと、その指先から紅蓮の炎が飛び出し、魔物の脇腹に命中する。

至近距離で放たれたそれは着弾と同時に爆煙を上げ、魔物の毛皮をも焦がす。それに追撃するかたちで男が斬撃を放つ。魔物の後足の腱を狙った一撃だが、予想以上に皮が固く、大した傷を負わすことはできなかった。


「くそっ! こいつしぶとい! しぶといけど、相手が強いと、なんか逆に燃えてくる!」

「保険代わりだ、二人ともリジェネレートを施しておく」

「うわっ。助かる~」


瓦礫によって死角になっているためか、三人側からウィル達は見えていないようだった。


(――助けないと……。でも……)


三人を援護すべきとわかっていながら、ウィルは目の前の少女から目を離せない。

もしかすると彼女は、あの魔物以上に危険なのかもしれない。証拠はなくともウィルの記憶がそうだと豪語している。


――こいつは危険だ。

――けっして目を離すな。

――もしも怪しい素振りを見せれば。

――その時はその槍で。

――戒めであるその槍で……


ウィルが槍を持つ手に力を込めた時、すっと少女が立ち上がり、瓦礫を抜けて三人にいる側へと歩き出した。

ウィルが呼び止めても止まらない。


「ま、待て!」


ウィルが少女の背中を追う。少女はそれまで着ていた長衣を脱いだ。その分厚さが嘘のように、長衣は留め具をわずかに外しただけですとんと床に落ち、それに隠されていた彼女の服が露わになる。


白シャツの上に青い上着とスカートを着、革ベルトの右腰にはホルスターを吊っている。


「おい、待て!」


少女はホルスターから拳銃を取り出すと、別なポケットから掌サイズの、縦長の物体を取り出した。

それを拳銃の底に差し込むと、拳銃の上半分の部分を後ろにスライドし、離した。

そして拳銃を握ると、親指でグリップ部分に伸びたレバーを上げる。


(――なにをしているんだ?)


弾倉の挿入。

装填。

安全装置の解除。


ウィルにはそれらの行為の意味がわからなかった。それも当然である。形は似たものがあれど、その拳銃は現在の文明では生み出せない武器なのだ。


「サイモン!」


ちょうど彼女が準備を終えた時、白衣の男、サイモンが蹴りを受けた。身体がえびのように反り返り、跳ね上がった身体が鈍い音をたてて床に落ちる。


「ダメよ、アーサー!」


復讐心に駆り立てられたアーサーがまたも駱駝へ突撃する。もう一度近距離からの術式を放つつもりなのか。左手の籠手には炎が宿り、そのまま突進している。

瞬間、ウィルはアーサーの姿に父の面影を見た。

炎の剣を構えて怪物へと突進する姿は、己の力量もわきまえずに火球を手に走るアーサーと同じではないのか。


『お前の父の負けは必然だった』


と、族長の声が蘇る。その時は否定したが、今のウィルにはそれが正しく思えた。


「やべぇ!」


少年の突進を見越したように、駱駝が大きく前足を振りかぶる。ラクーナの盾が間に合わず、駱駝の蹄が彼の頭を蹴り飛ばす、その一瞬。


「食らいなさい」


パンパンと乾いた銃声が響き渡り、少女の撃った銃弾が駱駝の頭部へ命中した。

発砲数は四発。

着弾数も四発。

少女の奇襲を受けた駱駝が足を止め、アーサーではなく少女へと敵意を向ける。駱駝の咆哮が轟く。背を垂直に伸ばし、少女を威圧するように吠え叫んでいる。そして少女に突進する。


(――危ない!)


少女は怯まず撃ち続けるが、突進は止められない。


「くっ!」


回避しようとする少女のもとへ、またもウィルは思わず駆け込んでしまった。


「あなた……!」

「…………!」


少女の腕をつかみ、そのまま突進を回避するように脇へ飛ぶ。駱駝は誰もいなくなった処を通り過ぎ、そのまま瓦礫を突き抜け壁に衝突する。


「また、助けられちゃたね」

「……いいんだ」


と、ウィル達のもとへラクーナが走り寄る。


「他に人がいたなんて気付かなかったわ。私はラクーナ・シェルドン。私達はミズガルズ図書館の調査隊よ。って、詳しく話している暇はないわね――」


見れば駱駝が壁から向き直り、こちらを見ている。

そこへアーサーに身体を支えられ、サイモンも歩み寄る。


「アーサーを救ってくれて感謝する……。援護してくれたということは、共闘の意志はあるんだな?」


眼鏡越しのサイモンの眼差しが、懇願するようにウィルと少女を見つめる。

その隣ではアーサーが不服そうな顔をしているが。


「べつによぉ。援護がなくたって、俺はあれくらい避けられたからな」

「嘘おっしゃい。『やべぇ!』って真顔で言ってたくせに」

「い、言ってねぇよ!」

「こいつはアーサー・チャールズ。ちょっと暴走することがあるが、優秀な錬金術師だ」

「錬金術師って、炎や雷を扱える?」


ウィルはアーサーを見下ろした。

こんな年下の少年が、属性攻撃を操れるというのか。


「こんな無様な状態で悪いが、僕はサイモン・ヨーク。医者だ。君達は?」

「……わからない」

「?」

「思い出せないの……」

「どうして?」

「名前が、わからないの?」

「おいあんた。仲間の名前も知らないのか?」


アーサーが不審な顔でウィルに問う。

二人は初対面であるが、三人にとってそんなことがわかるはずもない。


「彼女は、ここにいたんだ」

「ここに? どういうこと?」

「このフロアを調査していたら、装置の中から出てきたんだ。その時まで眠っていたらしい」