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旅立ち集 ハイランダー編 No3

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下馬したウォーレスは、霧に包まれた古城へ入ろうとしていた。横転している馬も、その脇で待つ馬も自分の家のもので間違いない。やはりモリガンと、それを連れ去った来客はここにいる。そしてウィルはそれを追ってここまで来た。


腐った跳ね橋を渡りかけた時、ウォーレスは立ち止まった。頭上から聞いたことのない咆哮が聞こえたからだ。


「なんの鳴き声だ?」


ウォーレスは入城せずに、外側から城壁を見上げた。円型の見張り塔が等間隔に並び、そのどれかから声が聞こえた。


「ウィル、モリガン。どこにいる……」


城壁から距離をとって屋上を見上げようとするが、やはり矢狭間が死角になってしまう。やはり城内から塔に登るしかないのか。と、ウォーレスが道を引き返そうする寸前、信じられない光景が飛び込んできた。

とある見張り塔の中程。そこは石壁の一部が崩落しているのだが、そこから身を乗り出す人影が見えたのだ。


「ウィル!」


距離はある。霧も出ている。だが間違いなかった。今にも飛び降りようとするその背中は、間違いなく息子のものだった。

そしてウィルはモリガンを抱いたまま爪先で壁を蹴り、背中から飛び降りる。

落下の速度はひやりとするほど早く、ウィルの姿は地面に漂う霧のせいですぐに見えなくなった。

慌ててウォーレスはウィルの飛び降りた処へ駆けだした。


※※※※

「兄貴ぃ? 大丈夫か?」

目覚めると片目の視界は流血によって赤く染まり、赤色に侵食されかけた世界にモリガンの顔が映った。


「うぅ……。よかった。生きてる……」


モリガンが抱きついた。ウィルがモリガンを見つけた時と同じように。
痛みはあるが激痛というほどでもない。

どうやら城壁の外の芝生と、そこに群生するデイジーの花がクッションになったようだ。それとベルトの間に挟んで着ているプラッドが、衝撃を和らげてくれたのだ。

城壁を見上げると、崩落している部分はここから二十メートルはありそうだった。この痛みで、あそこから一気に地上へ逃げられたのなら十分だろう。

ぐずぐずと泣きじゃくり、鼻水まで垂らすモリガンの頭を、ウィルは優しく撫でる。

このまま馬まで戻れば、あの怪物からも逃げ切れる。


「モリガン。早く逃げるぞ」

「う、うん。でも、兄貴、立てるの?」

「ああ……。ちょっとキツイかも。落ちた時、腰のベルトがダイレクトにぶつかって……」


情けなく思いながらもモリガンの手を借り、ウィルは立ち上がる。


「大丈夫?」

「ありがとう」


潤んだモリガンの瞳に見上げられたのと、ウィルが頭上から嫌な気配を感じたのは同時だった。

ふと見上げれば、朧気な霧の向こうから区画された影が無数に降ってくる。

それは城壁の一部だった石だ。

「危ない!」

ウィルは反射的にモリガンを抱き寄せ、彼女の身体を地面に押しつぶすほどの力で押さえつける。

ごとごとと乾いた音をたてて石が着地する。

(―― !)

石の欠片の数個がウィルの背中に直撃し鈍い音をたてる。平らな地面に衝突するよりも角張った石がぶつかる痛みの方がキツかった。


「逃げないで、私に歌わせて……」

石を落としたのは階段にいた怪物だった。丸太のように太い尾ひれを振り回し、石壁を砕いたのだ。そして砕かれた空間から身を乗り出している。

「くそっ!」

ウィルはモリガンの手を引いてその場から離れる。

怪物は、いったいどういう原理なのか、ナメクジのように垂直な城壁にへばりつき、そこを這いながら地上に降りてくる。

落下と落石の衝撃のせいか足が言うことをきかない。逃げ切ったはずが、これでは屋上と同じ状況だった。

怪物が吠えた。それがウィルとモリガンの身体の自由を奪った。その衝撃は毒蜘蛛の糸のように、あるいはいらつく蝶の羽音のように、執拗に身体にからみつき、そして縛り上げる。両手足のみならず、思考力すらも奪われかけ、二人はどっさりと草むらに倒れてしまった。


「モリガン……」

「兄貴、動けないよ……」

身動きのできない二人を目指して、怪物が地上を這う。

ざっ。ずる。

ざざっ。ずるるる。

伸ばされた怪物の手が草をつかみ、その分だけ這って前進する。その音に混ざり、尾ひれから流れる粘液の音や、怪物の口から漏れる唸り声も近づいてくる。


「この姿は嫌いだけど、本当の声が出せるの」

怪物は両手を地面につけると、背中を反らせて緞帳のように空を覆う暗雲を見上げる。

歌うつもりだと、仰向けに倒れたウィルにはわかった。

ウィルはモリガンまで這うと、俯せになった身体に覆い被さった。モリガンの背中やスカートに染みついた血がウィルの身体を濡らす。こうすれば少しでも歌声から守れるだろう。今のウィルにできる兄として正義は、もうそれだけだった。


「さぁ……。歌わせて」

霧の城壁を背景に、半魚かあるいは半鳥ともいえる怪物が、翼を広げ開口する。

歌声がくる。ウィルが両手でモリガンの耳を塞ぐと、どこからか雄叫び声が聞こえた。

怪物のではない。聞き覚えのあるものだった。


(――父さん?)


思わずウィルが身体を起こすと、自分と怪物の合間に割り込むように突進してくる父、ウォーレスの姿が見えた。

怪物が翼を収め、ウォーレスへと身体を向ける。

「今の声……?」

モリガンも父の声に気付き、ウィルの下でもそもそと身体を起こした。


「ダティ!」

「…………」

「ダディが帰ってきた!」

「……こんな状況で言うのも場違いだけど、なんで俺のことは『くそ兄貴』で、母さんは『母さん』で、どうして父さんだけ『ダディ』なんだ?」


ウォーレスは走りながら懐から『あるもの』を取り出した。それはローランドから持ち帰った小樽だ。


「俺の子供に何をした?」


ウォーレスが怪物の前に立ちはだかると、怪物も赤い瞳で彼を睨んだ。

「貴様を野放しにはできん。悪いが倒させてもらう」

ウォーレスが樽を振ると、中から透明な、独特な臭いの液が跳ね飛び、怪物のいる草むらへと降り注いだ。 

そして剣を抜いて下段に構えると、怪物へ走り出した。

「父さん?」

ウィルは目を疑った。いったいどういう意図があるのか。父は怪物ではなく、剣の切っ先を近くにあった石塁へと振り付けたのだ。

石塁は城壁に迫る敵の進撃を止めるもので、せいぜい膝ほどの高さしかない。そんなものを攻撃してなんの意味があるのか。

その理由はウィルにもすぐにわかった。石塁を切りつけた剣先から火花が飛んだのである。


暖炉の薪土から弾けたような、すぐに宙へと消えるほんの数筋の閃光。それらが地に落ちた瞬間、草むらを濡らしていた液体が燃え上がったのである。

怪物も炎を前に怯む。それまで猛進していた怪物が、止まったのである。ウィルはモリガンとともに、炎の熱気で苦しむ怪物を呆然と見ていた。

それはウォーレスがローランドを旅立つ前に、漁師から貰った鯨油だった。

その漁師こそ酒場で怪物退治の武勇を語っていた、捕鯨船の漁師だったのだ。