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銀盤の魔法

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昔から華なんて少しも持ち合わせていなくて、この競技に向いていないことをとうに悟っていた。
姿見に映った自分の全身をぼんやりと見つめ、柳生は幼い頃からの回想に耽っていた。
スパンコールが散らされたスワロウテイル風の衣装に包まれたその姿は、肩幅のある体格と相俟ってしっくりくる。若干、衣装の輝きにセルフレームの眼鏡がのった凡庸で生真面目そうな顔面が負けてはいるが。

一体なぜこんなことになったのか。鏡面をなぞりながらため息を吐いた。
元より今日は友人の競技会を観戦しにきただけであって、控え室に足を運ぶ予定もなかった。……こうして試合に出る実力をもったスクールの友人達の姿に、割り切れないものを最近とみに感じ始めていたからだ。
自分の体格はパートナーとの対比が重要な要素の一つになるペアには向いていない。かといってシングルスで求められるような演技を、何よりも自分の性格が阻害している。
単純に、氷の上が好きというだけでスクールに通い続けてきたが中学最後の年になりそろそろ潮時だと思っていた。受験も迫っている。本当は今日も塾で模試があったが渋々蹴ってきた。
「柳生、ちょい手伝おてー。後ろチャック引っかかって締まらん」
がっくり項垂れていると、柳生をこの不本意な状況に持ち込んだ人物の声に呼ばれた。
「仁王くん…本当に、どうしてもやるんですか」
鏡から顔を上げ、ひらひらと幾重ものメッシュ地の裾が揺れるコスチュームと格闘している仁王を振り返った。
忍び込んだ男子控え室に似つかわしくない、その愛らしい衣装は存外仁王に似合っていて驚いた。背中のファスナーを締めてやると、仁王は全身を検分する。
「くそ、腰周りが余っとるわ丸井の奴…やぎゅ、そのベルト貸しんしゃい」
赤で纏められた膝上丈のワンピースはスパンコールの乗った肌色の地部分も含め身体にフィットするように作ってある為、生地が余ると結構目立つ。直している時間はないので飾りで誤魔化すことにしたらしい。
自分は悲しいかなジャッカル用に設えられた燕尾服のサイズが合っていたので、必要なさそうなベルトを引き抜いて寄越した。
「なあに、いつものお遊びの延長じゃ。曲も振りも頭ん中入っとるからに、やって出来んこともなかろ」
「しかし……私達はちゃんと男女カップルに見えていますか」
「失礼なやっちゃ。こんな美少女を目の前にして」
ピッ、とポージングを決めて見せる仁王は文句なしではあった……胸が無いのと、それなのに美少女というよりは、口元の黒子が妙な色香を放つ娼婦に近い風貌ではあるのが難点だが。まあ、今回のプログラムが情熱溢るるタンゴベースだからまだ良いとしよう。
「このコスチュームなら下もカバー出来る。万が一肌蹴てもうまいこと仕舞ってあるからの…見る?」
「結構ですっ」
思わず下半身に視線が行ったのがわかったのか仁王がスカートの裾を持ち上げるが、はしたない真似は一喝してやめさせる。正直なところ、折角可愛い出来映えなのにこの言動では台無しだ。
「ふふ、こうして見ると柳生も格好良かねー。こんなギラギラの衣装やのうて正装して貰いたいわ」
「あ、ありがとう…ございます」
うっとりと顔を覗き込まれ、徐に手を伸ばして前髪を撫ぜられる。あっという間に綺麗な七三に整え、離れ際にちゅ、と唇にキスを落とされた。
「ちょ…っどさくさに紛れてっ!」
口元を押さえて赤面する柳生を意に介さず、仁王がちらりと時計を見遣る。
「あとは眼鏡とってコンタクト入れな。時間ない、急ご」
手を引かれて控え室を飛び出そうとするが、大事なことを思い出して取って返す。自分のスケート靴を忘れるところだった。
ふと、手にしたひと揃えの使い込まれた白い靴をじっと見つめる。休日も持ち歩き、練習では整備しきれない荒い氷面ばかり踏んでいたこの靴で、競技会に挑む。シングルスではきっと日の目を見なかっただろう。
戸口に寄りかかって待っている仁王を見遣る。にやりと笑ったその人は、一体どんな魔法を使ったのか…今回は少し荒っぽい手段な気もするが。
ジャッカル・丸井ペアの練習を見守る柳生の視線の中に混じる羨望を嗅ぎ分けられて以来、いつでも仁王の手は柳生を導き続けた。
なりたい自分になるその瞬間へと、美しい魔法使いは夢を叶える甘い幻をつくりだしてきたのだ。
「柳生。ショータイムぜよ」




前のカップルの演技が終わり、喝采の拍手に沸く会場。そのリンク横でスタンバイしている二人は、固く手を繋ぎあっていた。
「あいつらの練習は見とったな」
「……ええ」
「どんだけ努力してきたんかも知っとる」
「勿論」
「なら出来るはずじゃ。……お前さんとなら、出来る」
控え室ではいつもの延長だと軽口を叩いた仁王が、真剣な面持ちで柳生に良い聞かせた。
ここは通い慣れたスクールの小さなリンクではない。いつも皆が帰った後に二人だけで駆け、舞い踊った氷上のダンスを、誰かに披露する日が来るとは思わなかった。
掌から感じる仁王の緊張を余所に、柳生の気持ちは最高に昂ぶっていた。
自分には、この競技は向いていないのだろう。けれど仁王とリンクに立つこの瞬間だけ、柳生は望む自分になれるのだ。
繋いだ手をそっと口元まで引き上げると、仁王の手袋に包まれた細い指を取って告げる。
「さあ、参りましょうかお嬢さん」
柳生の芝居がかったその台詞回しに、仁王が「寒いわ」と破顔した。二人で一歩を踏み出し靴のエッジが氷上を捉える。
この手を取って滑る、その時だけいつも柳生は自分の求めた本当の紳士でいられる。



********



キス&クライの場を下がり、気持ち良く控え室に戻った二人を待ち受けていたのは、顔を真っ赤にして憤慨している丸井と後ろでどうしようもなく突っ立っているジャッカルだった。
「ふざけてんだろぃお前ら!アイスダンスでデススパイラルやってんじゃねーよ!ど減点だ、ど減点っ」
「突っ込むトコそこかよ!」
ひとまず他の競技者の迷惑にならないよう、控え室を出て人気の無い会場の片隅に移動する。
前日の怪我で足を引き摺る丸井のために、控え室から拝借してきたパイプ椅子を広げ腰を落ち着かせると、彼女は大きくため息を付いた。
「それにしても…仁王はまだしもまさか比呂までこんなこと…ありえねーだろぃ」
「すみません…覚えていたつもりだったのですが途中で振付を忘れてしまって…それでその…つい、やってみたくて」
「いやいや、もうデススパイラルの話じゃねぇし…」
頬を染めて何故か照れる柳生におずおずとジャッカルが突っ込む。
「それに仁王!おめー気持ち悪りぃんだよっ、俺の衣装今すぐ脱げまじ勘弁しろ!」
「そーは云うがのブンちゃん、これ胸囲ぴったりなんじゃけんど、腹回り余りすぎぜよ。アイスダンスで良かったのぉジャッカル」
厭らしい笑みを浮かべジャッカルの頭をぺちぺち叩きながら仁王が言う。頭上から手を抓んで退かしジャッカルが呟いた。
「しかしなぁ、さすが氷上の詐欺師とはいえ…これが通じるのはせいぜいジュニアまでだぜ……痛って!」
「嫌味に言い返せよこの馬鹿っ」
傍らの仁王をまじまじとみて、思わず感銘ともとれるため息を付くジャッカルの向こう脛を丸井が無事な方の足で蹴っ飛ばす。
作品名:銀盤の魔法 作家名:みぎり