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黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 18

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「……失礼、天眼のヒナ殿とお見受けする」
 編み笠は言う。声音からこの者は男であると分かった。
「あら、その何とかさんのお客さん? でも残念ね。そんな人聞いたこともないわ」
 女は、女性にしてはトーンの低い声で、答える。
「とぼけても無駄。貴殿の事は知っている。イズモの英雄、ミコトの姉、アマテラスの末裔にして、彼女の血を引く太陽の巫女」
 女は、編み笠の男には相対せず、横を向いたまま話を聞き流しているようだった。
「その翡翠色をした目は、あらゆる力を見破る能力のある、力通眼。天眼のヒナ! 相違なかろう」
 女はクスッ、と小さく笑った。
「そこまで知ってるなんて、あたしも有名になったものね……。そう、あたしはヒナ。……で、あたしに何か用かしら?」
 女は、ヒナは名乗り、あからさまに不審な男に対して、素っ気ない態度をとる。刃を向けられているのにも関わらず。
「拙者と死合うてもらいたい。その力通眼の能力、死線にて手に入れる!」
「ふふ……、ずいぶん物騒ね。あなたもあの悪魔だか魔王だかの手先かしら? あたしの力が魔王様の驚異になるからって、始末しに来たの?」
「問答無用! 覚悟っ!」
 編み笠の男は、右の刃を突き出した。ヒナはするりとかわし、男の体側に回り込む。
 男はかわされる事を承知であったのか、体勢を崩さず、そのまま左の刃を振るう。しかし、それも空を切るだけに終わる。
「……いきなり丸腰の女に剣を振るなんて、随分せっかちね。それにしても、あなた面白い武器を持ってるわね、左右で色が違うなんて」
 ヒナは男の背後に立っていた。
「ふん……、もとより天眼を相手に、すぐ勝負が決まるとは思っておらぬ。これから貴様か拙者が死ぬまで戦い続けるつもりだ。剣がないなら取りに行っても良いぞ!」
 男は剣を横にし、切っ先を背後に向けながら、バッ、と振り返った。
 しかし、正面にヒナはおらず、はっ、と気付くと彼女は至近距離で屈んでいた。
 男が気づく頃には、腹に当て身を食らっていた。しかし、それは寸止めされており、僅かに男の腹部に触れているだけである。
「……後ろを取られたのならまず、回らずに、つま先で振り向きなさい。どっちかの足を軸に回転すると、予備動作で読まれるわよ……」
 ヒナの翡翠色の鋭い目が合い、男は一瞬固まってしまった。
「……くっ……」
 男は後ろに飛び退いて間合いから外れた。ヒナは男に視線を向けたまま、ゆっくりと立ち上がる。
「今のも隙があるわ。あたしが剣を持っていたら、追い討ちするわよ。下がる時も防御を意識しないと」
 男は完全に動けなくなってしまった。
 ヒナはまるで、戦いの稽古でも付けているように、悪い部分を的確に指摘している。これは全て、彼女の潜在能力、力通眼のなせる業であった。
「どうしたの? あたしを倒すんじゃなかったの? まあ、今のあなたでは、あたしが素手でも、万に一つも勝ち目はないけどね」
 男は言葉に詰まりながらも、視線だけは絶対に外さなかった。外せばその瞬間、ヒナが攻めてくる。そしてこちらの対応を完全に読み、体術にて骨の一本でも折られる。
「ふん! 今日は退いてやる。だが、忘れるな。この勝負は貴様か俺のどちらかが死ぬまで続く、精々寝首をかかれんよう気をつけることだ!」
 男は、半ば負け惜しみのように言い放ち、体に紫色の光を纏った。
『テレポート』
「え……!?」
 編み笠の男はラピスラズリの指輪を掲げ、詠唱するとその場から消えていった。
「……まさかと思ったけど、知らないエナジーを使うなんて。あの子じゃないのかしら……?」
 ヒナは編み笠の男の正体を、大方予想していたが、彼女が思う人物では使えようのないエナジーを見て、疑った。
「あの男、本当に悪魔の使い? それともあの子が……」
 ヒナは降り止まぬ雪の中、編み笠の男が消えていった場所を凝視したまま、混乱するのだった。
 その後も二人の戦いは続いた。
 編み笠の男は一日に一度だけヒナを襲撃してきた。しかし、いかにも暗殺者の様相をしているのにも関わらず、ヒナが最も隙だらけであろう、食事時や寝込みを襲うということは絶対にしなかった。
 あくまで真っ正面から勝負を挑み、ヒナの勝利が決まった時、素直に退いていった。
 それはまるで、編み笠の男が、ヒナを利用して自らを鍛え上げているかのようであった。
 襲撃され続けて三日の時が過ぎてから、ヒナは男がやってくる頃合いになると、愛用の刀を携えて外にでるようになった。そろそろ、素手で男をいなすのは難しいほどに、彼が腕を上げてきたからだ。
 剣を交えた殺し合いが始まると、ヒナも最早容赦はしなかった。隙あらば斬り捨てようという気持ちであった。
 しかし、ヒナが剣を持ち出すと、男は最初に襲撃してきた日のように、あっさりと敗北を喫した。
 隙あらば容赦なく殺す。この気持ちは捨てずに、ヒナは男を斬ろうとしたが、存外逃げ足が早く、逃がしてしまった。そして男は懲りずに翌日にまた勝負を挑んできた。ヒナによって指摘を受けた所をたったの一日で改善して。
 編み笠の男とヒナの戦いが始まって六日が過ぎた。ヒナは頃合いを見計らい、刀を携えて外へと出る。
 そこにはやはり、黒い外套を羽織り、編み笠を被った男がいた。この数日の戦いの間に、編み笠も外套も斬り傷でぼろぼろになっていたが。
「毎日懲りないわね……。さっさと抜きなさい、始めるわよ」
 ヒナは少し呆れたようにため息を付き、本当にただ、稽古でも始めるように構えた。
「いや、今日は話だけして失礼させてもらう……」
 編み笠の男は双刀を抜くどころか、一切身構えようとしない。
「話ですって? まさか降参しに来たわけじゃないでしょうね」
「逆だ、そろそろ決着を付けるつもりだ。無駄に時を過ごしたところで、一月経てば悪魔に全てが破壊される」
「だったら、さっさと終わらせましょう。あたしもそろそろ、何度も挑まれるのにうんざりしてきた所よ」
「……ヒナ殿、拙者の正体、お見せしよう……」
 男は外套を脱ぎ捨て、顔を隠していた編み笠を投げ、更に顔に巻いた包帯を解いて、地面に放った。
「なっ!?」
 正体を現した男を見て、ヒナは絶句した。
 この時期には寒い、腕を曝し籠手を付け、丈の短い履き物という、隠密や素早い動きに適した軽装をし、ヒナよりも長めの艶めく黒髪を持ち、発展途上の力通眼により、淡い緑の眼をしていた。
 そして何より酷似していたのは、猫の尾の様に結わえられて伸びる、特徴的な髪型であった。
「あなた、まさか……!?」
「久しぶりだな、姉貴」
 声色を元に戻し、ヒナと瓜二つの姿をした男は言った。
「シン!」
 これまで執拗に、ヒナに戦いを挑んできた男の正体は、イズモ村を救うべく村を抜け出し、そして死したと聞かされていた、彼女の実の弟、シンであった。
「あなた、生きていたの……!?」
「おかげさまでな。だが、オレはもう、ここに居てはならない男。死んだも同然だ」
 最初会った時から、ヒナは編み笠の男をシンではないかと疑っていた。使用する武器、戦闘スタイルは、かつて共に稽古していた時からあまり変化がなかったからである。