彼女は超新星
「ターゲットがポイントGに来たようだね」
「三人が肉眼で確認できるわ。見て、皐月ちゃんの服! あの服見たの初めて! すーっごく似合ってる!」
「駆けださないでくれよ蛇崩。君がデートに行かずに残った意味がなくなるからね」
「ううう、わかってるわよ……!」
一度も彼女に顔を向けられずに言われた犬牟田の言葉に悔しげに蛇崩は顔をしかめる。
元々は流子とマコだけのデートだったにもかかわらず、マコの提案で皐月もデートに参加することになった。参加は承諾したものの、友人同士のデートを邪魔していいのかと少し遠慮がちに考えていた皐月に、それを見抜いたように、再びマコが蛇崩も呼べばいいのではないかと提案した。「ああ、それならダブルデートになるな」と流子は笑っていた。
四天王に待ち伏せを提案した時にこのことを伝え、一緒にデートを楽しみつつマコを誘導する仕事をしないか、と蛇崩に提案すると、彼女はとても渋い顔をして暫く唸ってから、首を横にふった。
「皐月ちゃんとのデートはとぉってもとぉーっても魅力的だけど……今回はやめておくわ。
皐月ちゃんとのデートはこれからもできるけど、この、ヘタレ風紀部委員長が告白なんてするのはその一回だけなんだから、あたしの力で万全に準備させてあげなくっちゃ。
ガサツな猿君とデータ主義の犬君だけには、任せておけないわ。女の子心をくすぐる細かいポイントなんてわからないでしょうし!」
「はっ、素直に風紀部委員長が心配だっていえばいいのに」
「おだまり」
「女の子心をくすぐる細かいポイント、ねぇ」
「ふん。どうせ犬君のパソコンの中にはそんなデータ入ってないでしょ?」
「ご想像にお任せするさ」
「……礼を言う、蛇崩」
いつもの軽口を四天王たちと交わす蛇崩に、絞り出すようにして蟇郡はいった。今までの蛇崩を見ていれば、彼女の言うようにまた機会があるからといって、それでもこの誘いを断るのは大変な葛藤があったはずだ。蛇崩はちらと蟇郡を見てから、微笑ましそうに彼らを見つめる皐月を横目で見て、こういった。
「ガマくん! 皐月ちゃんまで巻き込んで、ここまであたしたちがお膳立てしたのよ? 成功させないと承知しないからね!」
さあ、そのとき蟇郡はなんと返事をしたのだったか。少なくとも今よりは頼りがいのある印象だったと思うのだが。
完全にがちこちに縮んでしまった蟇郡をじと目で見つめてから、蛇崩はまた三人の来る道を覗き込んだ。まばたきをしているのか不安になるほど固まってしまっている蟇郡の背中に片手を添えて、猿投山が小声で彼に囁いた。
「なあ、蟇郡さん。俺が言ってたこと覚えてるんだろうな?」
猿投山の言葉にはっと意識を取り戻したような表情を浮かべた蟇郡は、ぎこちなく頷いた。
満艦飾に告白をする日となり、話を聞きつけた伊織が特注の服を持って来たり、揃さんに激励の紅茶を入れてもらったり、蟇郡の細かい衣装や髪型、満艦飾に渡す花の種類などをどうするかで女子代表の蛇崩とデータ信者の犬牟田と服飾に関わる者目線の伊織の間で激論が交わされる中、その類に一言も持っていない者同士でぽつねんと取り残された時に、猿投山は蟇郡の方を見ずに、ひとりごとのように言った。
『俺の心眼通はなんでもわかる』
『知ってるか、蟇郡。満艦飾はいつも怯えてたぞ』
『ほんの少し鼓動が早くなって、ほんの少し体の筋肉を緊張させて、それでも皐月様や俺たちに纏が勝ってるとかってずっといってたんだ』
『それがなんでかってまでは俺もわからない。怯えているのを意識していたのか、それとも本人は気付いていなかったのかも、な。
俺たちに怯えてたのか、纏に嫌われたらどうしようって考えてたのか、自分が死ぬんじゃないかって怖がってたのか、さて……』
『それでも好き勝手いってただろう、あの女は。俺も最初はわけのわからない奴だと思った。あんたもわかってんだろ、アイツは本当の考えなしじゃない。ぶっ飛んだところはあっても、それでも怯えて、緊張して、怖がることはあるんだ。そういうことが欠けてるんじゃない。生来の性格と、あと纏への気持ちだけでそれらを乗り越えてんだよ。
それなのに、なあ、蟇郡さんよ。そいつに告白しようとする人間が、外面だけでも堂々とできないでどうする?』
「ターゲットCポイント通過! 今だ蟇郡!」
「ほらガマくん、出番よ!」
「そーら、いってこい!」
三者三様の言葉と手と足に押されて、蟇郡は道の真ん中に飛び出した。
一瞬ぎゅっとちぢこまって、それからおそるおそる彼女たちがいる方向を見やる。
彼の主君は戦いのときが嘘のように優しい顔で彼を見つめている。その隣を歩いている彼の元敵で彼の主君の妹君は驚いて目をぱちくりと瞬かせている。
そして。
見たことのない服を着た、こんもりと膨らんだリュックサックを背負う、見慣れた茶色い髪にくりくりした目。
背筋をのばし、震える手脚を叱咤して、彼がモノクロの世界に立ち向かった時のように、他人の模範になろうと決めた時のように、彼の主君に仕えていた時のように、彼女の下へ堂々と歩いていく。花道をつくる脇に並ぶ数多の生徒はもういない。それでも悠然として見えるように彼は脚を進める。
やがて彼は彼女の手前で足を止める。
図らずも階段が彼女と彼の目線を同じ高さにさせた。
彼女が何か言おうと口を開くのを遮るように、少女の名前を呼ぶ。
世界はとっぷりと夕焼けの橙に浸かっていた。
[ 彼女は超新星 ]