彼女は超新星
彼は金属と井草の匂いを嗅ぐ。
彼は横になっていることに気づく。何となく床が固いのはせんべい布団の上に横になっているからだ。
ふと彼は部屋が真っ暗になっているにもかかわらず、とある場所から光が漏れていることに気づく。どうやらふすまが閉まりきっておらず、隣の部屋の明かりが漏れ出しているらしい。
彼は布団から起き出して、その隙間をそっと覗く。
見慣れた姿である。
小さな姿。すぐにおいこしてしまった小さな背中。地味な色の服を身に着けた女性が少し体を丸めて円いちゃぶ台に向かって何かを書いている。
彼はそれをじっとながめる。
何も言わず、何も言えずにただ眺めている。
彼はまだ部屋を覗いている。
ふと先ほどよりも強い金属の臭いが鼻をつく。
いつのまにか部屋には男性が一人、女性が一人増えている。
少し汚れてしまった作業服を着て、男性は新聞を読んでいる。もう一人の女性は彼らと自分の分の茶を運んできているようだ。
彼は何も言えず、何も言わず、音をたてないように襖を閉める。
光源を失くし、暗闇に包まれた途端、噎せ返るほどの鉄の臭いが鼻を掠める。
それは、彼が嗅ぎなれていた鉄の臭いではない。
血だ。
彼は暴力に晒されている。
燻ったようなモノクロの世界で、侮辱と侮蔑と怖れと嘲笑を彼は一身に受けている。
彼は反射的に攻撃をしようとしていた掌を押さえつけて、握りしめる。
喉を遡るものを飲み込んで、何かを言おうとしていた口を閉じて唇を噛み締める。
四方八方からの攻撃を耐えながら、彼は立ち上がる。
耳に微かな重りを感じる。
伏せていた顔をあげて、まっすぐに彼は背筋を伸ばす。
彼を襲っていたものが、潮のように引いていく。
誰に望んだわけでもないのに得た、目立つ大きすぎる身体。
誰かに望まれたわけではないが、目を引くのならば他人の模範になろうと、そう決める。
己を律して、縛りつけて。それで人々が襟を正すならば。
もう誰も、体を丸めて声を押し殺す者が出ないように。