彼女は超新星
彼は視界の開けたセピア色の世界にいる。
セピア色の床、セピア色の柵、セピア色の空、そしてセピア色の人間たち。
モノクロの世界で自分が受けていたような嫌らしい笑みが、柵を乗り越えようとしている生徒に向けられている。
いくら自分が大きな声を張り上げて、鍛えた手をのばしたとしても、生徒を止めることはできない。
勝ち誇った声をあげる人間たちと、自分の無力さに顔を伏せる彼を、光が襲う。
光。眩しすぎる、全てを飲み込もうとするような、光。
セピア色の桜吹雪が顔を上げた彼の視界を覆う。
その中に垣間見える、涼やかな面立ちの中に烈火を隠した、凛と立つ彼の主君。
突っ走りやすい性分の、家族と舎弟達への情に満ちた男。
ドライでデータ主義を気取る癖情を捨てきれない、器用すぎるからこそどこか不器用な男。
口に毒を仕掛けながらも、ずっと友達の手を握ってきた女。
彼女を拝し、彼らと肩を並べて。自分達ならきっとこの世界を覆うとする野望を止めることができる、そんな安堵に似た気持ちが孤独だった彼に生まれる。
鮮烈の赤がセピアを切り裂く。
彼はせんべい布団よりも固い床の上に倒れている。
彼の主君を守る絶対の盾であろう、そう塗り固めていた強固な覚悟は、いつしか驕りという脆さを孕んで変質しかけていた。
自身を恥じ、己の身へと突き立てようとしていた刃を彼の主君が止め、跪くにはまだはやいと囁く。
立ち去る主君と咽び泣く彼が、一瞬舞い上がる埃の中に影絵のように映し出されて、すぐ溶けて消えていく。
そうして光の降る余計なものをなくした荒野で、彼は仲間たちの戦いを見守るために少女へ足を向ける。
それまで他人と同じく自分に頭を下げていたにもかかわらず、親友が排されようとしたときには堂々と彼を見上げて声を張り上げた少女。
誰が言っても止まらないだろう、わけのわからない少女。
そんな少女の隣へ腰を下ろそうとして、彼は足を滑らせた。
例えば坂道を転げ落ちるように。
例えば落とし穴に嵌るように。
例えば奔流に押し流されるように。
大きな体がくるくるぐるぐる回されるから、視界に映る景色がころころごろごろ変わっていく。
彼女の懸命に親友を応援する姿。
彼女の怯える姿。
彼女の親友の優勢にはしゃぐ姿。
彼女の親友の危機に自分を顧みず駆けていく姿。
つまみ上げた彼女の姿。
戦いに割って入って言いたいことだけ言って逃げる危なっかしい姿。
鋏を持ってふくれっつらをした彼女の姿。
転がった先で、彼は喧騒と怒号の中に放り出される。
そして呆ける間もなく、彼はいつもの悪夢のように吊り上げられた彼女を見つける。
だから彼は、夢中になって走り出す。