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No.017
No.017
novelistID. 5253
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砂時計

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 その歩幅は階段を一段抜かしで上がるかのように大股で、あのときより長く太くなった腕をぶんぶん振り回していた。森の木々がつくるトンネルを何度も何度もくぐりぬけてひたすら走り続けた。
 不思議と行き先がわかる。迷わなかった。一度行ったことがあるからだろうか? あのとき貰った砂時計を持っているからか? そんな考えが脳裏をよぎったがそんなことはどうでもいいことであった。
 あのときの少年は走り続けた。

 約束のあの場所を目指して。


 どれくらい走っただろうか。
 一年前のあのころならここらへんで息を切らしていただろうか。
 あれからずいぶんと体も大きくなって体力もついた。地面を蹴る音も呼吸音もほとんど乱れない。
 そんなことを考えながら、黒い森の主の元へと走り続ける。

 ガッと音と同時に突然地面を蹴る音が止まる。どうやら木の根に足をつかまれたらしい。勢いよく前方に体が倒れていく。

 だめだ、そのまま地面たたきつけられる!

 そう思って思わず目を閉じた。
ドサッという音と共に体に地面が転がった。 …が、さほどダメージは受けなかった。まるで何に包みこまれたかのようだ。
 そして気がついた。自分が起き上がろうとして掴んだそれは森の中の落ち葉ではなく、あの時、あの場所で気がついたときに握った草の感触であるということに。

 再びたどり着いた…

 一年前のあの場所。約束の場所に。

 一面の密の生えた草むら。背後を見るとそこには巨木が根を下ろしていた。
 あの時と同じ…いや、この木にとってみれば一年なんてものすごく短い期間なのかもしれない。だから外見的に見てもわからない。
 そしてその根元に建てられた祠を見た。祠は木で作られているように思われたがどちらかというと緑とか黒とかそういう色が多くて、それをつつむ苔がその歳月を思わせた。あのときは暗くてよくわからなかったけど…ずいぶん古いものだったのだなぁ、そう思った。

 祠のすぐ上で光があふれた。光はだんだんと集まって形をつくってその輪郭がはっきりしてきたかと思うと、ぱっと消えて、作られた形が祠の上に降り立った。

 ――セレビィ。

 少年は最後の一粒が落ちた砂時計をかざしてこう言った。

「すべての砂が落ちました。どうかぼくの願いを叶えてください」

 セレビィは最後の一粒が落ちた砂時計を見てこう答えた。

『すべての砂は落ちました。あなたの願いを叶えましょう』

 小高い丘の上に根を下ろす巨木の下で対峙したつの影はお互いに覚悟したような表情であった。
 その表情は険しいというよりも、むしろ笑っているようにすら見えた。

『あなたの願いを叶えましょう。ただし、過去を変えたすべての人間が幸せになれるとはかぎらない。砂時計を逆流させるとあらゆる砂が逆流するから』

風が通り抜けて草むらと巨木の葉たちがざわっとさわいだ。

『…覚悟はいいですね?』

 セレビィの頭の中にまた記憶がめぐった。

 まだ、言い伝えが信じられていた時代、自分を頼ってたくさんの人間がここに訪れた。それが嬉しかった。
 けれど過去を変えてすべての人が幸せになったわけではなかった。それが悲しかった。
 やがて時は移って言い伝えを信じる人間はいなくなった。それが寂しかった。

 だが、セレビィにもう迷いはなかった。彼が幸せになれるかどうかはわからない。しかし、これが自分にできる唯一のことなのだと。

 が、少年の答えは予想に反するものだった。

「いいえ、ぼくは過去を変えにきたわけではありません」

 驚いた。

『では…何を叶えに?』

「もう一度あなたに会いたかった。そして謝りたかった。一年前、ぼくはあなたにひどいことを言いました」

 ああ、そういえば一年前、不本意な別れ方をした。

「…ごめんなさい」

 少年はそう言って、つづけた。

「あなたの言っていた砂時計の意味、少しだけわかったような気がします。あれから一年、砂を落とし続けました。たくさんの砂を。もしあのときにあの砂が落ちていなかったら、落とすことはできなかったかもしれない砂です」

「あらゆる砂が落ちています。悲しいことも、けれど嬉しいことも。いろんな砂が積もりました。だから、まきこみたくない。もうこの砂を逆流させたくないんです。今なら、こんな自分も悪くないって思えるから」

「過去が人をつくります。ぼくの砂時計は逆さにしません」

 少年の表情に迷いはなかった。それはとてもすがすがしいものだった。
 あの時と違って月明かりでお互いの表情がよく見えた。

 ――月明かり?
 ふと、つの影は巨木の葉の間から見える空を見上げた。

 月が見える。
 あの時は雲に隠されてずっと見えなかったのに。
 今日は雲ひとつない。
 光をさえぎるものはない。
 満月だ。

 ああ、そうか。
 ここまでの道に迷わなかったのも、
 あのときより祠がよく見えたのも、
 お互いの顔がよく見えたのも、

 こんなに気持ちが晴れやかなのも。


 月を隠すものは何もない。
 その光をさえぎるものはない。

 道は、月明かりが照らしてくれる。



 ――もう、迷わない。
作品名:砂時計 作家名:No.017