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No.017
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わたほうしのゆくえ

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 ――そろそろ夕食にしようか。

 早めに調査を終えた私は火を焚いてお湯をわかしはじめた。湯をわかすといっても料理をつくるというわけでもなく、このカップめんにそそぐためなのだが。
 世の中便利になったもので、大量のカップ麺やインスタント食品もボールひとつで簡単に持ち歩ける。これはモンスターボールを応用したどこぞの製品なのだそうだが、くわしいことはよく知らない。何はともあれこいつのおかげでたとえ山で遭難したとしても火と水さえあれば食べ物には困らない。

 ちいさなやかんがぐつぐつと音を立て、湯気を吹いた。湯が湧いたようだ。私は用意したカップ麺二つのうち一つに湯をそそぎ、蓋をした。蓋のわずかな隙間からおいしそうなにおいが漂う。あとは三分待つだけ。

 え? なぜカップ麺が二つあるのかって?

 それは私のほかに食べるのがいるからだ。もうひとつのほうはそいつが来てから湯をかけることにする。

 三分が経過した。カップメンの蓋を開けるとおいしそうなにおいがわっと広がる。私はカップを持ち上げ麺をすすりはじめた。

 それにしても今日は遅いな。
 湯が冷めないうちにくるといいけれども。





■わたほうしのゆくえ




 三日ほど前のことだ。

 私はこの地方のポケモンおよび植物の分布を調べるためにこのフィールドにはいった。この地方の山林はすっかり荒れてしまって、住んでいるポケモンも数えるほどの種類である。
 なぜそのようなところに来ているのかといえば、最近、ポケモン学会のほうで森を再生させようという動きがあって、くわしく調査に乗り出すことになったのだ。私はこの地区の担当になってこうして調査をしているというわけだ。ある区画ごとに見かけたポケモンや植物なんかをカウントして歩いている。
 …とは言ったものの、どこへ行っても同じような植物ばかり。赤くはだけた大地に数種類の同じような草がまばらに生え、ときたま低木が顔を覗かせる程度である。生物層が単純とでも言おうか。
 たまに音がして振り向いても目にはいるのはコラッタやオニスズメなどありふれた種類ばかり。ポケモンがいるだけマシというものなんだろうが…。
 せっかく調査しにきたのだから、何か珍しい種類を見たいものだ。ポケモンでも、植物でもいいから。こんな荒地にそれを求めるのは贅沢だろうか。


 そろそろ日が落ちる。

 私は昨日となんら代わり映えのしない結果をノートに記入し一息ついていた。小腹がすいたのでリュックのボールから、おやつのチョコレートを取り出して口の中へとほうりこむ。口の中に広がる甘さを味わいながら自分の前に広がる風景を眺めていた。かわりばえのしない風景を。
 残り少なくなったチョコレート味わいながら、私はそろそろテントをはる場所を探さなければならないと考え始めた。適当な場所はないだろうかと物色しはじめたそのときだった。私の目の中に見慣れないものが映った。

 ――あれは何だろう?

 私はその正体を確かめようとすっくと立ち上がって、その見慣れないものにかけよった。
 私の目に映ったその見慣れないもの、それは一輪の花だった。

 日はいよいよその姿を山の向こうに隠し始め、目の前に広がる風景はは色を失いかけていた。
 だが私はさらに観察を続けた。夕闇で色こそさだかではないが、確かに花だ。しかもこれまでの調査では見たことのない種類である。これでも植物にはけっこう詳しいつもりなのだが種類がわからない。
 花の大きさ、花びらの数、形、おしべやめしべの数、葉の形、茎の長さ、太さ…私の脳内図鑑の中には記載されていない種類のように思えた。
今は暗いから種類がわからないだけかもしれないが…。明日、明るくなってからじっくり調べようか。そろそろテントをはらなければならないし。
 私はそう思いなおし、立ちあがった。
 するとどういことだろう、私が立ち上がって先を見ると、今自分が観察していた花がそこにも咲いているではないか。
 私はもう一つの花のほうにかけよった。やはり同じ種類だ。さらに先を見る。するとまた花があった。同じように私はかけよる。さらに先を見る。今度はその花が二つ咲いている。さらに近づくと今度はその先に今度は三つ……。

 花の数は増え続けた。四つ、五つ…、十、二十…ついに数えるのがめんどくさくなった。
 私はまるで花に誘われるように、花が多くなる方向へ、花が多くなる方向へと歩き続けた。花はついに一本の道のようになり、登り坂になった。私はその示す方向のままにいつのまにか小高い丘を登りきった。するとにわかに強い風が吹いて、何かが私の目に入ったのだった。目に痛みを感じた私は、顔を手でおおって目をこする。ほどなくして目の痛みがとれ、私は丘から見える風景を一望した。
 そこには、いままでの調査からは信じられない光景が広がっていた。

 丘の下の、私の目の前に広がった風景、それは一面の花畑だった。
 この荒地の中に広大な花畑が広がっていたのだ。








 虫の鳴く声が聞こえる。空を見上げれば満天の星。都会では決して見ることの出来ない空だ。
 私は花畑の近くに適当な場所を見つけ、そこにテントをはった。いいかげん夕食にしようと火を焚いて、小さなやかんに水を入れて火にかけた。私は沸騰を待つ間、図鑑のページをめくりながら思索にふけった。炎の放つ光が図鑑に描かれた植物ををゆらゆらと照らす。

 ――この花の生態は、形態こそまるで違うがタンポポに似ている。
 あの後、花畑にあるものも観察してみたがいろいろな形態があることがわかった。この花は花の時が終わると冠毛(※わた毛)のついた種をつくるのだ。それらは風に乗って運ばれる。夕刻、私の目にはいったのはこの花の種だったのだ。
 それにしても、この花はなんなんだ。持参した図鑑にも載っていないなんてよほどめずらしい種類なのか。

 そんなことを考えているうちに、やかんはぐつぐつと音を立て始め、ゆげを吹いた。それに気が付いた私は持参したボールから、インスタントのワンタンスープやら、カップ麺やらを取り出して、やかんを火から取り上げ二つカップにお湯をそそぎ蓋をした。蓋のわずかな隙間から湯気がもれておいしそうなにおいが伝わってくる。私はカップ麺の待ち時間にも図鑑のページをめくり続ける。
 種類はわからなくても私の知っている植物との共通点はないものか。それが発見できれば分類上どの位置に属するのかわかるかもしれない。私は今日見た花と記載された植物との共通点探しをはじめた。
 そのときだった。

 ガサッ

 私の前方、たき火の向こう側から音がした。
 私はびくっとしてページをめくる手を止め、炎の向こう側の何かに目を凝らす。私が身構えたそのとき、植物を掻き分ける音から、地面を踏む足音に変わった。その足音はだんだんとこっちへ近づいてくる。
 音源である足が闇の中から現れてほのおに照らされて映ったかと思うとすぐに全体像が姿を現した。

 炎に照らされたそいつは高さが一メートルほど。二足歩行で片手に骨を持っていた。その顔を覆うのは硬そうな頭蓋骨。ほのおがゆらゆらとそれを揺らしている。

「めずらしいな、ガラガラじゃないか!」