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No.017
No.017
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わたほうしのゆくえ

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 図鑑で無意味に顔をガードしていた私は図鑑を下ろして声を上げた。
 今回の調査でははじめて見るポケモンだ。こんなところに生息しているなんて。ガラガラのほうはこっちを警戒する様子もなく、じっとこちらを見つめている。
 焚き火を挟んで一人と一匹はしばし向かい合った。
 そして、以外なポケモンに会えた興奮と、少々の緊張を遮ったのは私の腹の虫だった。

「いけないいけない。すっかり忘れていた」

 私はカップ麺とワンタンスープの蓋を開いた。おいしそうなにおいがわっと広がる。
 普通ならすぐに気がつきそうなものだが、食べごろのインスタント食品を目の前にした空腹の私はそこでやっと理解した。ははぁ、そういうことか。

「よかったらおひとつどうぞ」

 私は自分の目の前にある二つのカップを見比べて、ワンタンスープのカップのほうを持ち上げ立ち上ると、対峙者の目の前にわざとらしく置いてみせた。

「熱いから気をつけろよ」

 自分の持ち場に戻って、残ったカップ麺をずるずるすすりながら、上目遣いに向こう様子を観察した。
 ガラガラはその場に座り込んで骨を傍らに置くと、ワンタンスープのカップを持ち上げた。湯気をフーフーと吹いて冷ましている。
 なかなか器用なやつだ。以前にこういうものを食べた経験があるのだろうか。
 ガラガラは適度に冷めたのを確認すると少しずつ中身をすすりはじめた。
 私はいつのまにかカップメンを食べるのを忘れ、すっかりそいつの観察に夢中になってしまっていた。
 ガラガラは中身をすべて口に入れ飲み込むと、カップを地面に置き、かわりに骨を手に持って闇の中へと消えていった。


 ――カラカラ、ガラガラの一族は、死に分かれた母親の骨をかぶっているのだという。

 といってもこれは古くから伝わる言い伝えであって、科学的には正しくない。なぜなら発見されたすべてのカラカラ、ガラガラが骨をかぶっているからだ。もし生まれたカラカラが母親の骨をかぶってそれが発見されるのなら、彼らは一生に一匹しか子どもを生まないことになる。
 単為生殖ならいざ知らず、オスメスがあるポケモンがそんなライフサイクルを営んでいたらとっくに滅んでいるはずだ。あの骨は生まれながらにして持っている体の一部なのだ。
 それはとうの昔にカラカラがタマゴから生まれた瞬間を観察したことで立証されている。

 カラカラ、ガラガラの言い伝えはこれにとどまらない。ガラガラたちには彼らだけの墓があるのだという。もちろん学会でそんな発表は聞いたことがないし、科学的にも正しくはない。そんなところがあるなら誰かがとっくに発見しているはずだ。
 あの骨を使う文化と外見のせいなのか彼らには不思議な話が多いのだ。

 そういえば、そういうポケモンの伝承を研究する学問もあるんだっけ。もっともそれは私の守備範囲外なのだが…

 ガラガラが去った闇の中を見つめながら、そんなことを考えていたら再び私の腹の虫が鳴いた。
 ああ、そういえばまだろくに食べていなかったっけ。私は食事を再開しようとカップ麺を見た。私はそこで手の中のカップ麺がすっかりのびている事にはじめて気が付いたのだった。



 オニスズメがぎゃあぎゃあと鳴いている。
 もう起きる時間だと目覚ましも鳴った。

 テントの中、眠い目をこすりながら、固形のクッキーの栄養食とパックのジュースを摂取し、私はさっそく昨日見つけた花の観察へと向かった。予定していた調査の時間に入る前に観察しておこうと思ったのだ。
 なにしろ昨日は暗くてちゃんと見えなかったから、昇った太陽の下できちんと実物を見ておきたい。
 テントの中からアーボのようにはいずり出た私はさっそく花畑へ向かった。

 ――やっぱり見たことのない花だ。
 冠毛をつけた種をつけた株こそタンポポそっくりなのだが花の形も葉の形もまるで別物だ。花の色は赤、ピンク、白…またその間の色といった感じで色の濃さが何通りかあるようだ。私は簡単にスケッチをして、持ってきたデジカメで花や花畑を撮影、標本用に花を数本失敬した。後々種類を調べるのに必要になるだろうから。

 いい天気だ。花たちは太陽の光をあび、空にむかって花びらを開いている。ふと風が吹くとわた毛をつけた種が吹き上がる。太陽の光に吸い込まれるように舞い上がっていく。

 おおっと、いけない。
 そろそろ予定していた調査の時間だ。行かなければ。

 私は花畑を横目に見ながら予定の場所へと歩きはじめた。
 赤、ピンク、白…そしてわた毛をつけた株…それらのたくさんの花で構成された風景が横切っていく。
 ずうっと先を見るとその中に一点、なぜか茶色い部分があった。
 何かと思ってよく目を凝らしてみると、昨晩夕食を共にした相手が、ガラガラが花畑の中でのんきに居眠りをしているところであった。
 なぁんだ、どこに行ったかと思えばこんなところにいたのか。それにしても気楽なもんだ。

 ちょっとうらやましいなぁと思いつつ私はフィールドへと足を進めた。








 調査を終えたのは日が傾いたころだった。
 が、距離が離れていたせいだろう。テントに戻ったとき、あたりはすっかり暗くなっていた。

 私は夕食の準備をはじめた。いつものように火を焚き、お湯を沸かす。夕食のメニューはやっぱりカップメンだ。昨日食べ損ねたワンタンスープも用意した。さらにもうひとつ、カップメンを控えておいた。
 お湯が沸いたので、カップに注ぐ。蓋のわずかな隙間からいいにおいが流れてくる。

 ガサッ

 予想通りというか、狙い通りというかにおいがしてしばらくたたないうちにあのガラガラはやってきた。焚き火で場所を、においで食事時間を察知するのだろう。
 ガラガラは焚き火の前までくると、座り込んで傍らに骨を置いた。私は待っていたとばかりに立ち上がって、控えていたカップ麺と食べるためのフォークをガラガラの目の前に置き、お湯をそそいでやった。
 来るまでお湯をかけないでいたのとフォークを用意したのにはちょっとしたもくろみがあった。すなわち、指定時間まで待てるか。そしてフォークが使えるか私は試したのである。ちょっといじわるだっただろうか。
 が、そんな私の心配をよそに、目の前のガラガラはきっちり所定の時間まで待ったと思うと器用にフォークを使ってカップ麺をたいらげてしまった。
 なんてやつだ、と私は感心した。骨を使う文化をもつポケモンだ。フォークを使うくらい朝飯前というわけか。


――カラカラ、ガラガラたちは、死に分かれた母親の骨をかぶっているのだという。

――カラカラ、ガラガラたちには、彼らだけの墓があるのだという。

こんな伝承があるけれど、インスタント食品の所定時間がわかるとか、フォークを使ってカップ麺を食べられるとかに変えたほうがいいんじゃないか。


 私はそんなことを考えながら、満腹になって花畑のほうへ去っていくガラガラを見送った。
 花畑か…、そういえばあの花のこともほとんどわかっていないな。また植物図鑑でも開いてみようか? だが、私はまぶたが重いことに気が付いた。連日の調査で疲れているのだろう。
 夕食の残骸を片付けて、今日のところはさっさと寝ることにした。