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Cyclone

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 飲み会の時、あの子はずっとつまらなそうだった。
 ただ、タバコをふかしてすました顔で。
 いつもより強い風が、木々を揺らしている音が騒がしいここにまで響いてくるけれど、そんなこと誰も気にしていなかった。彼女はどこか遠くを見ているようでもあり、どこも見ていないようだった。
 僕の好きな年上の君は、いつもとどこか違って見えた。なにかあったのかなと思っても、そんなこと素直に話してくれるだなんて思っていない。
「……あれ、飲んでないの?」
「いやいやいや、ちゃんと飲みますって。せっかく先輩がタダ酒飲ませてくれるってんだから」
 サークルの先輩がなにやらとんでもない額の万馬券を当てたとかで、僕ら後輩を含めた十人ちょっとはサークル活動もそこそこに大学の近くにある飲み屋になだれ込んでいた。僕は競馬とかわからないけど、今日は先輩に感謝しよう。
 なので、しっかり酒を飲んでもいるしちゃんと食べてもいる。それでも声をかけられた時だけ楽しそうにする君が気になって仕方ないんだ。
 僕が彼女のことを好きだってことは、とうの昔にばれてもいるし振られているんだってことも知られてる。本当にあの時は死んでしまいたくなるくらい苦しくて、サークル――いや、学校自体をやめてしまおうだなんて思ったこともあったけど。それでもなんとか時間が解決してくれた。
 告白したのはもう半年も前のことだ。
 あの時、僕は思い切りはぐらかされた。
 彼氏だなんて今はいらないからごめんね、だなんて。
 ほしくなるまでちょっと待ってて、だなんて。
 そんなずるい言葉で。
 年下だからやっぱりダメだったのかなあとか思ったけど……違ったって、後から知った。
 君はただ誰かが自分からまた去っていくことが怖いんだろう?
 聞いたんだ。
 僕が入学する前、一年生の時に大失恋したんだって。あれから三年の今に至るまで一度も彼氏を作ったことがないって。
 ――浮気されたんだって。
 ――もうこれからひとりで生きてく! って言ってたよ。
 振られた後、なんとか学校に行けるようになってから、何人かのサークルの女の子からそんな話を聞いた。
 でも知ってるんだ。あの子のそれは全部強がりだって。
 ……年上をあの子、だなんて思ってたらおかしいのかもね。でも、そう思わせるようななにかが僕にとってはあるんだ。この消えない気持ちだって引きずっているだけなのかもしれない。男はほら、女よりも引きずるものだって今日思い切り出来上がっている万馬券の先輩に言われたし。あの時は本当にお世話になりました、先輩。
 いやいやそれはどうでもいい。ずっとあんな顔していることが目について離れない。僕は今すぐにでも君の隣に行って、少しでもその硬い表情を和らげてあげたいと思う。さっきから席を移動しようとしているんだけど、上手くいかない自分が嫌になるよ。

 お酒で火照った頬に、強い風が心地いい。
 私はしっかり酔っていることは自覚していたけど、心のどこかはずっと冷めたままだった。せっかくおごってもらえるっていうのに、なぜかあれからずっと大勢で騒いだりしていてもどこかが冷めてしまっている。
 もう二年も経ったのに傷はなかなか消えないみたいだ。きっかけはうん、しっかり自覚しているよ。別の学校の人と付き合いだして、忙しくてなかなか会えない日が付き合って三ヶ月くらいから始まって。思っていたよりもレポートや課題が多いことを舐めていた私も悪いんだけど。でも、だからと言って浮気していいだなんて言った覚えはひと言もなかった。
 とてもわかりやすい失恋。たまたまぽっかり時間が空いて、驚かせちゃおうと直接自宅に行ったら……ああいやだ、思い出したくないけど本当によくある話。つまらない二時間ドラマにでもありそうな展開。最後に覚えているのは、その場で手に持ってたお土産のケーキの箱を投げつけたせいで真っ白になったあの人の顔。よくあんな上手いことぶつかったなあなんて思ったりする。テレビのパイ投げみたいなバカな顔。
 あれからどんな相手でも断ってきた。すっかりトラウマになってたんだと思う。色んな人が励ましてくれたし、色んな人が気を紛らわせてくれたし、自分でも立ち直ったつもりだったけど、それでも。当然よね、ドアを開けたらふたりともこれからいたすところでしたーなんてもの見てしまったら……。あの日からそういう、映画のえっちなシーンですら気持ち悪くなってしまってたくらいだもの。さすがに今は少しマシになったけど。
 だから、半年前に同じサークルの後輩に告白された時だってすげなくしてしまった。
 うん、仲はよかったと思うし、可愛がってたと自分でも思う。
 あの子が恋愛対象にならない……ってわけじゃない。
 むしろ、嬉しかった。
 だからとてもずるいことを言って笑って後ろを向いて小走りに。用事があるからとか嘘ついて。
 すごーく傷つけたってわかっててもなにもできなかった。応えてあげたくても怖くて。
 意識だけしていた。目では追わずに気持ちだけで追っていたようなもの。
 今日の飲み会にももちろんあの子はきていた。でも、全然話した覚えがないや。私はぼーっとタバコをふかしながら軽く飲んだり食べたりしていただけで。こういう風の強い日はあのことを思い出すなだなんて感傷に浸って。そう、あの日も、とても風が強かった。まるですべてをなぎ倒していってしまうくらいに。あの時なぎ倒されたのは私の心だったけど。
「先輩、次の店行きます? まだおごってくれるみたいなんですけどっ」
「あー……私はいいや、ちょっと酔っ払ってるみたいだし」
「じゃ、帰り組と一緒ですね。夜ですから気をつけてくださいよ、タクシー呼びます?」
 顔を真っ赤にしている女の子がじゃれつくように言ってくる。
 こういう接し方をしてくる後輩は多い。どうも姐御肌というか、そういう風に見られてるのかもしれない。サークル内でタバコを吸う女が、私ともうひとりくらいしかいないせいかもしれない。そのもうひとりはもちろん友達でよく遊んだりもするけど、サークル活動に熱心ではないからあまり顔を出さなかったし。
「ううん。いい風だもの、少し当たって酔い覚ましてから自分で拾うから大丈夫」
「他に帰る人いるー?」
 私の声を聞いているのかいないのか、そんなかんじ。
 酒の席なんてこんなものだからいいか。
 本当に、強い風。酔いを覚ますにはもってこい。
 終電はまだあるし(だからなんでタクシー呼ぶのかなと思ったんだけど、なにしろあの子もすっかり酔ってたからいいかとスルーした)駅までゆっくり歩いて行こう。
 他に帰る人、いるかなと思ってたけど……あ。
 ――気まずい空気にならないといい、な。

 本当は僕もみんなと一緒に行こうかなと思ってたんだ。
 でもあの子が帰るのなら、意味なんてないじゃないか。女々しいかもしれないけど思いっきりまだ僕は彼女のことが好きだし、ストーカーだとかそんなような物騒なことにならないような自然な形で側にいたいなと思うし。だからこそ、サークルを辞めなかったんだ。
「先輩、駅まで歩くんですか?」
作品名:Cyclone 作家名:椎名 葵