Cyclone
お酒って怖いかもしれない。
……そっと、抱き寄せられた。言葉とは裏腹にすごく優しくて驚いた。そしてその胸は思っていたよりもずっと広くて、大きくてどうしよう……って私、は。
これがもしもあのことが起きていない別の世界の出来事だったらすごく素直に幸せそうにできたと思うし、そうだったらいいなって思う。でも、本当の私はため息ばかりついている気がする。
「こんなことして、君が寒いんじゃない、の?」
「大丈夫……です。僕はそれよりも」
「それよりも?」
「ごめんなさい、もう抑え切れそうにないよ」
急に彼が、タメ口になった。
ざあっと、風が吹いた。
もうこの猛る胸が押さえきれない。ずっと、色々、我慢していたから。
「本当に嫌だったら突き飛ばして、ビンタでもして」
「ちょ、いきなりそんなこと言われても」
もう全部お酒のせいにしてしまえ。
「先輩、まだ僕はあなたが好きです」
――ほんの少しだけもがいていた彼女の動きが、止まった。
「いつもつまらなさそうにタバコふかしてるのも」
それがチャンスだとばかり今まで言いたかったことを言ってしまう。言ってしまえ。
「すました顔でいるのも」
「……」
「全部、強がりでしょ?」
「そんなこと、自分でも解ってるよ!」
僕の体に包まれたままで、君が言う。もうもがいたりしていなくて、目を真っ直ぐに見ていた。
「先輩に色々あったのは、少しなら知ってる」
「あ……なんで」
「もちろん全部は知らないけど!」
知らないけど、そのことが原因で色んなこと誤魔化して無駄口叩いてタバコばっかり吸いながら猫背でため息ついて、すました顔して。そんな風にひとりでも平気だみたいなスタイルで毎日過ごして……。
誰にも、心の中を見えそうで見えないような、そんな強がりばかり気取っちゃって。
「僕にとっては申し訳ないんだけど先輩のことが好きだってことには、些細な事情なんだよ」
怒られても仕方ないって思った。これって色々あったのもどうでもいいって言ってるも同じだから。
でも、そうやってあのころを些細な事情だなんて言われても私はなぜか怒らなかった。
ぐるぐる、ぐるぐる、あの時のことが頭の中を嵐のように駆け巡っていく。真っ白になったあの時のあいつの顔、もうすっかり忘れていたはずの修羅場。
それだけじゃない、色々、たくさん。
あのこと以前の思い出やあのあとに告白された時のこと。
何度ごめんなさいを言っただろう? もちろんこの子にも言ったんだ。
「些細な、事情か……」
「先輩にとっては、すごくつらかったのはわかってる!」
「う、うん……」
「でも、そんなこと関係なく、僕は先輩のことがまだ好きなんだ」
「……」
「まだ、ひとりで生きてけるだなんて、まだ彼氏なんていらないとか思ってる?」
と、そこでタメ口になっていることに気づいたのかあ、と、彼は声を上げた。
「す、すいませんなんか色々、うん、色々」
「どうしてここまできてそうなるかなあ」
笑ってしまった。
いきなりこんな風に抱きしめてきた癖に、抜けている。
私の心の奥の奥まで探ろうとしているのに。
――ああ、そこまでしてきた人って、あれからいたっけ?
「いいよ、もう。全部お酒の勢いだとしても、なんにしても」
もう、大丈夫な気がする。ここまでされちゃったら嵐ですべて嫌な記憶も吹き飛んでいったよ。
「だから……」
その時ひと際強い風が吹いたから、最後の会話は誰にも聞こえない。
さらに深くふたつの影が重なって。
からん、と空になったコーヒー缶が、転がった。
『Cyclone』了
参考・感謝
『初音ミク・レン』Cyclone(ver2)『オリジナル』
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2309241
作詞・作曲・編曲:黒うさP
唄:初音ミク&鏡音レン