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Re : 私信

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その藁の中からひょこっと顔出したラピードに、ナイレンは瞬きを繰り返すことで挨拶をした。そのラピードはなにやら口に光るものを銜えながら藁の中で全力で尻尾を振ったらしく、わしゃわしゃと藁が小さく揺れる。そしてその不意を突いてラピードに覆いかぶさり出てきたのは、茶の髪色をした小さな子どもだった。
「やった! つかまえた!」
返してよね、とラピードが銜えていた光る何かを奪い取り、藁まみれの子どもは満足そうに大きなため息をついた。
口に銜えていたものを取られたラピードは、最初のうちはじっとその子どもを睨む様に見えていたが、そのうち捕まっていること自体を不愉快に思ったのかじたじたと暴れて子どもの腕から逃れた。隠れるようにナイレンの足元に走り寄ってきたので、ナイレンは視線を犬舎に走らせたが、父犬のランバートの姿は見当たらなかった。なので、屈んで足元のラピードを抱えあげて、藁まみれの子どもへと足を向けて口を開いた。
「大丈夫かあ?」
わしゃわしゃと藁を払い落としながらナイレンの姿を確認した子どもはたいへん驚いたのか、面白いくらいに目を見開いて、慌てたように立ち上がって、ごめんなさい、と早く口に言う。きっと、ナイレンが纏う騎士団の服装に驚いたのだろうと思いながら、出来るだけ優しく語りかけた。
「ラピードがなにかやっちまったんなら、すまん。こいつ、最近生まれたばかりでまだ遊びたい盛りでな」
そう言いながら、怯えたように俯いたままの子どもの頭を軽く撫でた。藁がまだ少し絡まっていたので、それをついでのように払い落として、くしゃくしゃと撫でる。
低い位置にある子どもの頭。いつかの娘の面影がそこに重なり、少しだけ眩暈がした。
子どもはナイレンの表情を窺うように視線を上げ、しばらく口を閉ざしたが、ナイレンの腕の中にいたラピードがしょんぼりしたように切ない声で鳴いたので、それを聞いて子どもは、だいじょうぶだよ、と小さく笑った。
「でもこれ、大切なもので……。だから、追いかけてここに勝手に入ちゃって」
「そうか。でも、それはこいつが悪いから、気にしなくていいぞ」
ほらちゃんと反省しろ、とナイレンはラピードの鼻の頭を指先で軽く弾く。それにラピードはますますしょんぼりしたように耳を垂らして鳴いて、そして子どもは、ボクも勝手にここに入ってごめんなさい、と言葉にした。
とても素直で、真っ直ぐな子だと感じられて、ナイレンはもう一度子ども頭を撫でた。
小さな頭、低い身長、子ども特有の柔らかい感触。それらがナイレンの中で燻っている後悔や過去、そして思い出を撫でては抉るように痛みを残すようで、無性に腹が立った。処理できていない感情がただそこに澱んでいて、沈んでいる。それだけ理解していながらも、ナイレンはただそこに在り続けるだけ。
「お、おじさんは、」
子どもが突然言い辛そうに声を出して、えっと、と言い澱みまた俯いてしまった。
先ほどまで低下していたナイレンの思考が少しだけ浮上して、撫でていた手を止めて、子どもの身長にまで合わせるように腰を下ろし、首を傾げてみた。
子どもは大きな濃い目の茶色の瞳を瞬かせながらナイレンをしばらく真っ直ぐ見て、そして、うんん、と首を振った。子どもから出るはずの言葉がその咽の奥に消えてしまい、ナイレンは寂しさを覚えた。だけどそこは追求などせずに、そっか、と微笑ってくしゃりと小さな頭を撫でる。
無理強いはさせたくない。でも、子どもが大人の顔色を窺って発言を制限してしまうのは、とても悲しいことだった。いずれ成長して大人になれば、そういう社会に揉まれてゆく未来の力。それでもきっと、自分らしさを失わなければ――――― そうあれば、どうなるのか。
どうなったと、いうのだろう。
「……」
そこまで思考して、ナイレンは思い出したように呼吸をした。忘れていたわけじゃないのに、肺が酸素を求めているようで。
その様子を見ていた子どもは何を思ったのか唐突に、ダメだよ、と口にした。その表情が、辛そうに哀しそうに歪む。
「おじさん、ひとりになりたいの?」
「え?」
「ボク、ひとりはきらいなんだ。いつもやくにたたないって言われてるけど、それでもひとりはこわいよ」

だから、ひとりになろうとしないで。

真摯に見つめてくる大きな子どもの瞳にナイレンは不意に泣きそうになった。
何故なのか、そんなの分かりきっていることだろう、とナイレンは自問自答した。
本当はすべてのことを、諦めていたいのだ。救えなかった命も、救えたはずの命も、変わらずに巡る世界も明日も、未来も。
それでも、ナイレンを突き動かしている力は心の底辺にずっと潜んでいて、それがまだ生きている。
生きているから、まだ頑張れている。
「……大丈夫だ」
だから、とわしゃわしゃと大袈裟に髪を撫ぜて、ナイレンは子どもに大きく笑って見せた。
「大丈夫」
いつか〝そんな日〟がきてしまえば、弱い自分はきっと諦めてしまいそうだ、と薄っすらと思っていた。そう、これは、自分の弱さだった。どう言葉を探しても、どんなに格好つけたとしても、きっとそれが一番当てはまる。
どんな死に方を選んだとしても。

「ありがとな」

ナイレンは子どもに笑い、腕の中でじっとしているラピードを抱える力を少しだけ強くした。するとラピードはぺろぺろとナイレンの腕を舐めはじめた。まるで慰めるような姿に、ナイレンは小さく笑って、子どもも子犬もすごいな、と呟いた。
この命たちを死なせずに済むのなら、未来へ力を繋げるのなら。少しでも、信じていけるなら。
それが、自分のできることならば。

ナイレンはラピードの頭を撫で、子どもへとにっかり笑うと、そうだ、と子どもの持っている少し古びて使い込んだ鞄を見て、声をかけた。ほんの少しだけ、その子どもに、ラピードの無邪気さに、あの頃の家族の面影を重ねながら。

「ボウズ、お詫びにと言っちゃあなんだが、使わなくなった鞄、もらってくれるか?」

そして、今なら、がんじがらめだった過去の自分へ良い返事ができるといいと願いながら、笑った。


fin.

作品名:Re : 私信 作家名:水乃