aph 『ウムラウト日和』
続・ウムラウト日和
「これを……私にどうしろと…………?」
港のコンテナから10tトラックへと積み替えられ、目の前でザザァと音を立てて降ろされているその音を聞きながら、日本はドイツから添えられてきた納品書を呆然と見ていた。
【品名】ウムラウト 【個数】 130000000個
1億3千万個のウムラウトである。
ウムラウトとはドイツ語の文字の上に載せる以外に一体何に使えば良いのだろうか。皆目見当が付かない。
使い道もなく、鑑賞に堪えるでもなく、そもそも数が多すぎる。
個数欄の数値からして、これは国民に一組ずつ配れと言う意味なのだろうか。
しかし配るにしても、「これは何なのか」「これをどうすれば良いのか」という声が全国各地のお年寄りや良い子の皆さんから続々と寄せられるであろう事は間違いない。そしてそれに対する答えを自分は持っていない。そもそも自分がそう思って悩んでいるのだから。
ここはウムラウトの使い道を自力で発想せねばならなかった。世界情勢も微妙な昨今、唯一の頼りになる友好国から寄贈されたものだ。せっかくの好意による贈り物をむにするわけにはいかない。ばかりか、間違っても国内で「無用な物を贈られて迷惑だ」と言ったような評判が立ってはならない。
ウンウンと唸りながら、日本はかつてイタリアに贈られた当初使いこなすことのできなかったパスタの事を思い出し、とりあえずウムラウトをゆでてみたりした。
「ううーん、やはり非常食として食べられるという物ではないみたいですねぇ」
そして激しく既視感を感じながらも、畑に蒔いてみたりした。もちろん芽は出てこない。
「ううん、一週間や二週間で発芽するとも限りませんが、どうやら作物の種でもないようですねぇ…というか、育てたら数が増えちゃうじゃないですか!これ以上使い道のわからないまま数だけ増えてたら却って困るところでした!」
ウムラウトがドイツにとって誇らしい何かであることは想像が付くから、「これって何ですか、どう使うんですか」なんて失礼なことは当人には訊けない。いや、受け取ってすぐならばまだ確認のふりをして訊くこともできただろうが、「すばらしい贈り物をありがとうございます」などと礼を言ってしまった以上、今になってどこがすばらしいのか理解していなかったとは言い出せるはずもなかった。
なんとしても、この謎の物体の有効活用法を見つけ出し、未来のウムラウト界を切り拓かなくてはならないのだ。
――とりあえず、別の上司に相談してみましょうか。
上司は一人きりではない。さまざまな分野の、さまざまな知識を持った上司達が、さらにさまざまな力を持った人たちとの人脈を持っている。
だがそう簡単に頼りたくなかったのは、上司を通せば話が大きくなるからだ――それもちょっとやそっとではない。この国というのは、個人を相手にした時には引きこもりの日本でもどうにか付き合っていける程度の展開にしかならないものが、こと組織となるともう勘弁して下さいというほどの祭りになってしまう。
そして、その日本の予感は決して杞憂ではなかった。
作品名:aph 『ウムラウト日和』 作家名:八橋くるみ