賢い鳥2
元から本気で心配していたわけではないが、最初に顔を合わせて以来、今回知り合ったばかりのメンバーとばかり楽しそうにやっているのを見るのは面白くない。後から思えばそれはあからさまな嫉妬心だった。
(ダセェ)
無自覚とはいえ男相手に嫉妬までして、挙句に器物破損。頭で理解する前に身体が動いて怒らせた。その上、好きだなんて言えないおかげで質の悪い冗談だと思われている。
下心っていうのは面倒くさい。自覚したら偶然指と指が触れ合うのさえもどこかで欲求に繋がっているような気がして申し訳なくなる。頭の中身を読み取られたら、ばい菌扱いで触った指を殺菌ハンドソープで念入りに洗われたって文句が言えない。
そんな風に一人で緊張したり焦ったりする時間が一日も続くといっそ面倒になってきた。どうせ相手をどうにかしようと思っているわけじゃない。適当に理由をつけて突き放しておけばそのうち頭も冷えるんじゃないかと考えた。
でも、結果は計画倒れ。勝田が隙あらば享に張り付いているのに腹が立って突き放すどころではなかった。向こうはただ仲良くやれる仲間を見つけて嬉しいんだろうが、それすら放っておけない。ここ数日で心が蟻の巣穴並に狭くなったような気がする。
結局、解散する頃には仲良く帰る約束をさせられていた。傑と鬼丸も一緒だったが。
平日の昼過ぎの電車は程良く空いていた。凭れかかるところのない享の身体が揺れる。傑や鬼丸なんか気にせずに最初から寝ておけば良かったのに、もうすぐ下車駅に着いてしまう。
ホームに入った車体がガクンと揺れた拍子に享も大きく揺れた。熟睡しているらしく目を覚まさない。
「クソッ」
一歩距離を詰めて無人のシートに倒れこみかけた腕を掴んで引き寄せた。肩で受け止めるのと同時に空気の抜ける音がして車両のドアが開いた。
「…………んっ」
薄目を開けた享を乱暴に揺すり起こして無理やり立ち上がらせる。優しくするより雑に扱ったほうがましな気がした。
「ほら、降りろ」
お互いにここで乗り換えになる。同じ路線で一駅違いだったはずだ。
真っすぐ歩いて行こうとする背中で享が立ち止まった。
「それじゃ、ここで」
「お前んちもこっちだろうが」
「今日はそっちには帰らないんだ」
「そっち?」
皮肉っぽく笑った。
「高等部から寮に入ったんだ」
「中学の時は自宅通学だっただろ」
「距離はないけど、父さんがいい顔しないからさ。高等部で部活に入るのを決めたときに家を出るって約束したんだ」
咄嗟にいつの話をしているのかわからなかった。
「家出したあの時か」
「いや、そういう話になったのはもうちょっと後だけど」
「聞いてねーぞ」
「タカは代表に呼ばれるようになったばかりで忙しそうだったから。父さんが反対してるのは前からだったしわざわざ言う事でもないと思ってたんだ」
何でもないことのように言うが、親を懐柔するために何年も優等生を貫いてきた享にとって家を出ることがどれほど重大な決断だったか想像も出来なかった。
「親子の縁でも切られたみたいな顔するなよ。……それじゃあ、またな」
地下鉄を目指して歩いて行くスッキリ伸びた背中。
信用されていて、大事なことは何でも知っているような気になっていた。
『こっちのこともよく知らないのに好き勝手言って』
住んでいる場所だって知らなかった。
いつの間にか享に一番近い場所から閉めだされていたのだ。
自惚れていた自分が馬鹿みたいで頭を掻きむしった。
そんなことが心底腹立たしいぐらい重症だった。