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賢い鳥3

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小学校の頃に見るのが習慣になっていたアニメがある。魔法みたいな技を使いながら格闘する少年向けのアニメだ。
 その主人公の仲間に小柄な少年がいた。見た目に反して強くて、登場直後に襲いかかってきた巨漢を光る手刀の一撃でのしてしまった。
 七年以上も前のアニメを思い出したのは、ピッチに石ころでもあったかのように転げる大柄なFWと、悠々ボールを奪った細身の新入りDFの取り合わせが似ていたからだ。
 梅雨明け後の合宿はほぼ見慣れたメンバーが集まっていた。大半が来月末の海外遠征に参加することになるだろう。監督の表情からも手応えがある。
 今回が初招集の新入りは二人。一人は駄目だ。技術はあるが性格に問題がある。
 二歳も年上のFW―名が体を表したような男、熊谷を打ち負かしたのはもう一人の方だ。見るからにフィジカルでは勝ち目がなさそうなのに、少し竸った直後に熊谷はバランスを崩した。自分のグループの順番を待ってコート脇で一列になっている少年たちの間でどよめきが起こった。
 二度三度似たようなシーンが繰り返されるとまぐれや偶然じゃなくなる。いや、元々そんなものはないのだ。練習と努力によって身についた何かしかない。奇跡みたいな突風も、突然現れる足元の石ころもありはしない。
 詳しく観察したくても角度が悪かった。攻守交替したことろで肩から力を抜く。
「さっきの島が何したのか、お前わかったか?」
 隣に座って同じように島を見ていた享は曖昧に頷いた。表情はやや渋い。
「多分、合気道みたいなものだ」
「合気道……って、『ハァッ!』みたいなやつか」
 手のひらから輝くエネルギー弾を発射するイメージで発声してみたが全く通じなかった。「バカか?」とでも言いたげな顔で見られた。飛鳥家ではジブリ以外のアニメは視聴を禁止されているのかもしれない。
「武道のひとつだよ」
「名前しか聞いたことねえよ」
「合理的な体の運用で相手の攻撃を無効化する。小よく大を制す」
 本の一節をそらんじるような淀みなく平坦な口調だった。
「俺も本で少し読んだことがある程度だから、実際に見たことはないし、合っているかどうかはわからないけど……」
「小よく大を制す、か」
 なるほど。比較的小柄な島と一回り以上大きい熊谷。小よく大を制すそのものだ。
サッカーの他にも何らかのスポーツを経験している選手は多いが、合気道経験者は珍しい。武道といえば直接的に拳で打ったり投げ飛ばす技が多いが、それをサッカーでやれば当然レッドカードものだ。あんなにさりげなく応用できる技があるとは。素直に感心してしまう。
「それで、具体的には何をしたんだ?」
「知らない」
 即答だった。
「攻略方法考えてたんじゃねえのかよ」
 同じ代表チームの仲間だとかそういう事は関係ない。目新しいことを見つければ分析して対抗策まで弾きだす。飛鳥享は勉強熱心な男だ。見ているところは細かいし、練習はしつこい。そんな本性を大福の皮みたいに明るく白く内側が見透かせない柔軟性のあるオブラートで包んでいる。
 下手すれば鬱陶しい内面を知っているのは、恐らく瑛だけだった。つれない返答もそれゆえと思えば優越感に変わる。安売りされている愛想なんて味気ない。
「都合のいい攻略方法なんか思いつかないけど……」
 先ほどとは打って変わって目新しさのないピッチから視線を外した。ゆったりした不敵な笑いが一瞬だけ見える。
「タカの武器とは相性がいいはずだ」
 顎を引いて軽く見あげられた。挑発的な目に射ぬかれる。これを無意識にやっているならたちが悪い。万が一意識してやっていたとしても、プレイヤーとしての心に火をつけるためだけのことだ。練習中に浮ついた気持ちになっているのがバレたら軽蔑される。でも、こんなズルい顔が自分だけのものだとしたら、ストイックでなんかいられない。
「期待してるからな」
 大事な試合なんかじゃなく練習中の話だ。懸かっているのはせいぜいプライドぐらい。にも関わらず張り切ってしまうのだから、惚れた弱みという奴は情けなくチョロイ。
「ああ、見てろ」
 享が狙った何倍ものプレッシャーが襲いかかってもそれを上回るモチベーションが上々のパフォーマンスを支えているのである。

「あの人なんなんすか!」
 芝の上から天を仰ぎながら島が訴えたのはあの人本人ではなく享の方だ。あの人――瑛は傑と何か話し込んでいる。
「ちっとも通用しなかったの鷹匠さんだけッスよ」
「他の奴も途中から対応してたじゃないか」
「そうっすけど……」
 わざとらしく下唇をつきだして上目遣いで享を見る。あざといのを自覚していてわざとやっている顔だ。微笑んでやると可愛い後輩ごっこに付き合ってもらえないとわかって口を一文字にした。
「前に流してやれば前傾になったまま腰落としてシュートする。腰回り狙って妨害すればしゃがんで低い位置からシュートする。極めつけが、警告覚悟でユニフォームに手を出してヒールパス」
 そのパスを受けたのは何故か上がってきていた享である。攻撃の起点となって瑛にボールを送ったのも享だ。完全に二人にやられた。
「飛鳥さんだって鷹匠さんは俺にやられないと思ってパスだしたんでしょ」
「さあ?」
 きつめの作りの顔を優しく見せる微笑みこそ怖い。たぬきだな、と島は思う。
「はー、代表常連は侮れねえなあ。飛鳥さんは見かけよりキツいし、鷹匠さんはあんな無茶やっても怪我しねえし」
「柔軟性に関してはタカは別格だな」
「体幹もね。ぜってー打っても外れると思ったのに何で枠に飛ぶんだか。キーパー正面で良かったッスよ」
 今回が初招集となった島は合気道を利用したディフェンスに自信があった。実際、最初のうちは細い体の島を甘く見て力で押し通そうとしたのが逆効果。歩き始めではしゃいだ子どもが転ぶように何もない芝の上でつんのめった選手が何人もいた。
 ただし、繰り返すうちにそれぞれが対処法を見つけてしまう。瑛は途中から体を捻ってかわす方法を見つけたらしく、合気道でバランスを崩す事自体が難しくなった。
「鷹匠さんてホントすげえなあ」
「そういうのは本人に言ってやれよ」
 少し離れたところにいる集団を目で示す。傑と話していたはずが、いつの間にか傑と話しているもう一人の新入りを腕組みして睨みつけていた。
「あの人怖いじゃないッスか……黙って睨むのやめてくんねえかな」
「目付きはちょっと悪いけど島のことは興味持って見てただけだよ」
 俺のことは。ひとりごとで繰り返して凶悪な鷹の目に萎縮しきったもう一人の新入り、荒木竜一に同情の目を向けた。

 チームスポーツで協調性がないというのは致命的だ。
 梅雨明けの湿気を含んだ暑さが肌にまとわりつく。走りまわった分たっぷり汗をかいているのに、空気が運ぶ湿気は別で鬱陶しい。特に動きを止めているときは、爽やかさの欠片もないぬるい風に頬を舐められてうんざりする。
 不快度が日増しに上がっていく季節の合宿は海外遠征を来月に控え、よくも悪くも緊張感でぱんぱんになっていた。
 その中でも余裕のある奴はいる。今更焦ることなくマイペースを貫く傑とか、今回が初招集で状況を分かっていない新入りとか。
作品名:賢い鳥3 作家名:3丁目