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賢い鳥3

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 新入りの一人、荒木がワンタッチで出したパスが点々と転がってラインを割った。
 パスを見送ったのは永瀬だ。やる気次第では取れただろうが、微妙なところだった。
「永瀬キレてんな」
 普段は愛想が良くてちょこまかとうるさい永瀬がピリピリしている。コーチの手前、感情的につっかかるのは堪えたようだが、あからさまなため息が荒木を詰っていた。声の掛け合いが全く足りていない。永瀬から喋りを取ったら長所の三割が消滅する。
 付き合いがどれほど浅くても不機嫌は読み取れるだろう。だけど、荒木は自分のパスがミスとはこれっぽっちも思っていない。取れなかった永瀬に呆れの色を浮かべてすぐに顔を逸らす。
 出番待ちの間にコートに入っているグループを観察している面々の間にもやり辛い空気が伝染してくる。相手が新入りでなかったら永瀬だって責められたかもしれないが、合宿初日からの二日間で荒木はすっかり嫌われていた。
 瑛は海外のチームに参加したことはなし、外国人の友人がいるわけでもないが、日本以外のどこかだったら自己主張が激しくてもそれなりにやっていけるだろう。荒木は器用だ。でも、日本では自分勝手は真っ先に嫌われる。
 部活でも、仕事でも、実力主義を謳ったって年齢や所属歴を基準にした上下関係は大事にされる。相手が誰であろうと礼儀がない奴もダメだ。代表にいる選手はみんな普段もどこかのチームに所属している。特に強豪と言われるチームは実力だけでなく礼儀や態度にも厳しいものだ。
 ヤツが今までどんなチームでやってきたのかはわからないが、ふざけた態度は代表では通用しない。
「あんなヤツのどこがいいんだよ」
 真剣にコート内を見ていた傑が夢から覚めたような顔で振り返った。
「まあ、問題はありますけど、面白いと思いますよ」
 瑛の肩越しに「冗談みたいなヤツだけどな」と軽い笑いが届いた。それには同調せずスパイクのつま先を揺らした。端で見ているのがもどかしいみたいに。

 浴場は年功序列で順番に使うのが慣例となっている。きまりはないが、体育会系の縦社会に生きる少年たちは当たり前のようにそうしていた。
「お疲れッス」
 馴れた様子で頭を下げる傑と、それに続いて曖昧に頭を下げる荒木と入れ違いに浴室を出た。半自動的にゆっくり閉まるガラス戸が閉まりきる寸前に激しい水音。振り返ると荒木が頭から湯船に突っ込んでいた。片手を胸の高さに上げたままの傑がコントのような図を見て時間差で笑い出した。
 濡れたままの肩をパンツ一丁の永瀬が叩く。
「傑もよーく面倒みてるよなあ」
 睨んでも堪えないのはわかっているので無視をきめた。頭に被ったタオルに端でゆっくり顔を拭き上げる。
 ガラス戸の向こうでまた間の抜けた悲鳴が響き渡った。
「チッ。風呂も静かに入れねえのかよ」
「ただの後輩だったら面白いヤツなんだけど、惜しいねえ」
 ニヤニヤ笑う永瀬の顔はどことなく冷ややかだ。これは相当溜まっている。いつもなら恒例の歓迎会に首を突っ込みたがる男だが、荒木への悪戯には参加しなかった。ただのお祭り男かと思えば、案外愛情持ってやっているらしい。
 シャツから首を出した杉下も渋い同意の視線をよこした。杉下も練習初日から荒木と組まされていがみ合った一人だ。永瀬がわざとらしく肩をすくめた。永瀬や杉下が正しいとも思わないので、どうも仲間にされている状況が気に食わない。でも、この空気を振り払って立ち去るタイミングじゃない。
「お先に」
 黙々と着替えていた享が一声かけて脱衣所を出た。
「飛鳥くん着るのはっやー。俺なんか汗でパンツ上げるのも一苦労だったのに」
「うるせえよ、汗っかき」
 邪魔な永瀬を押し退けて浴室扉前を離れる。脱衣かごは享の隣だった。
 さっさと入って出てしまおうと思っていたのに、勝田と話している姿をちらりと省みたらバッチリ目が合ってしまった。なし崩しに一緒に風呂まで来た。嬉しいももどかしいもひっくるめて面倒だ。男同士というのも、同い年で同じ代表候補であるのも、親しいというのも全部。
 変に意識していけないので享が先に出ていくのを待っていたらついつい長風呂になって永瀬なんかに絡まれるし、良いことがない。
「それにしても、すーっかり荒木に傑とられちまったなあ」
「……」
 荒木が騒いでいるばかりかと思えば、何がそんなにツボに入っているのか傑の笑い声が浴室に反響している。
 遠慮のない関係というのはこういうものだ。ジュニアユースの頃ならこんな風に無邪気に付き合えただろうかと考えて、すぐに頭を振る。頭に浮かんだのは家出した享を家に連れてきた時のことだった。見られていては脱ぎづらいからと脱衣所を追い出されたことや首に張り付いた濡髪。
 思い出を遡ってまで動揺するなんてどうかしてる。
「悔しいなー?寂しいよなー?」
 しつこく冷やかしてくるのをシカトして着替えを済ませた。
「……無反応?」
「お先」
「うっわ、マジだよ。タカがこんだけ言っても怒んなーい!成長した!感動の傑離れ!」
 瞬間、剥き出しの瑛の額に血管が浮かぶのを杉下は見た。
「うるっせぇ!」
 振り向きざまの頭突きが永瀬を襲う。その被害状況を確認することもなく大股で脱衣所を出て乱暴に扉を閉めた。その目の前のベンチからのんびりと享が立ち上がる。
「……なんでいンだよ」
「永瀬たちに巻き込まれたくなくてさっさと避難してた」
 絡まれることそのものが面倒だったというより、荒木を疎む仲間にされたくなかったんだろう。享もまた冷静に荒木を評価している。
「さっさと部屋に戻れよ」
「別にいいだろ。それにしても大変そうだったじゃないか」
「逃げた奴が同情してんじゃねえ」
「同情じゃなく面白がってるんだよ」
 しれっと言って宿泊棟に向かって歩き出した。薄い布地に包まれた背中がなまめかしく見えてこっそり額を押さえる。
 背中もうなじも見えないところへ。肩を並べて享を視界から追い出した。

 合宿最終日前夜。締めくくりとなる練習試合も悪くない結果に終わったその夜。
 監督の個室の扉が乱暴に閉められた。
「お世話ンなりましたっ!」
 内側に叫んで去ろうとした荒木だが、すぐそこにいた傑とぶつかりかけて急ブレーキ。反転。早足で逃げ出した。
 監督の部屋は選手たちの部屋から離れているし、監督が話し合いに時間制限を設けなかったことから考えても、自分のあとに傑が入室するとは思えない。傑は部屋の前で待っていた。
 案の定、追いかけてくるので振り切ろうと思って外へ飛び出した。片付けられた自分の靴なんか探していたら捕まるから、三和土にきれいに揃えられた施設名入りのつっかけをひっかける。傑も同じようにパタパタ音をさせながら続いた。毎日スパイクでばかり走っているから、ソールが硬くてフィットもしていなければつま先さえ覆ってくれないつっかけが不便で仕方ない。ちょっとそのへんまで散歩ならいいだろうが、自分より足の早い男と追いかけっこするにはまったく向かない。
作品名:賢い鳥3 作家名:3丁目