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賢い鳥3

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 言い切られて深く息を吸った。
「……そうだな」
「それでも一月まで脱ぐ予定なんかなかったってのによ」
「そのわりには元気そうだな」
「明日からは暇だからな」
 曲がり角で拗ねた横顔が影になる。高校最後の大会、瑛の率いる鎌倉学館は県予選準優勝に終わった。
 三年生はこれで引退だ。
「よりにもよって高校最後の年に二人揃ってこれとはな」
「クソッ。仕方ねえから今度また猫寺連れてってやるよ」
 吐き捨てついでの気軽さで言われて思わず足が止まった。
「なんだよ。猫寺じゃなく買い物の約束だったか?」
 ついこの間した約束の話みたいに当たり前の口調だった。
「あの時話してたこと、覚えてたのか」
「お前は忘れてたのかよ」
 すぐに首を振った。
「覚えてる。でも二年も前だ。まさかタカが……」
 果たされなかった買い物の約束はまさに傑が亡くなった日だ。忘れはしない。でも、今更果たされるなんて期待していなかったからあえて思い出しもしなかった。
 どんな顔をしているか自信がなくなって、見られたくなくて俯いた。熱い気がして手のひらで顔を押さえた。
「飛鳥?」
「こんな、俺との些細な約束なんか気にしてくれてるなんて思ってなかった」
「なんだそれ?バカにしてんのかよ」
 下に向かってまた首を振る。
 瑛について歩いていたら、いつの間にか近道らしい細い路地に入っていた。建物に囲まれてオレンジ色の光の当たらない地面は暗い。
「……タカが逢沢に縛り付けられてるみたいだと思ってた 。事故の報せを聞いたあの日からずっと」
 口に出すと余計に馬鹿げた考えに感じた。それでも自分でくだらないことだと片付けられないままだったから墓地まで会いに来たのだ。
「俺が傑のことばっかり考えて二年間過ごしてたみたいな言い方じゃねえか」
「少なくとも俺はそう思って何かしらの決着がつくのを待ってた」
 下ろされたままの瑛の手指が躊躇うように宙を掻く。二歩で距離を詰められすぐそこにきた肩に額を預けた。間があって、そうさせないよう絡みついていた糸を引きちぎった勢いままのような乱暴さで掻き抱かれる。
 懐かしいような新鮮なようなにおいがした。
「この二年間、傑にこだわってたのは間違いねえよ。けど、」
 強引に顔を上げさせられたと思った時には口を塞がれていた。驚いて逃げそうになる体を強く抱きしめられる。
 合宿所で触れ合った事故みたいなのとはまるで違った。生暖かな舌が差し込まれ歯列の裏側を舐められて密着した体にしがみつく。
 顔が近すぎるせいで視覚を投げ出し、息を止めているせいで鼻もきかない。頭もいっぱいで耳に届いているはずの細かな音も遠くなった。瑛が触っている部分の肌の感覚だけが全てだ。
 バカになった頭で求められるまま舌を差し出したところで与えられる感触に耐えきれなくなって膝から崩れ落ちた。
「いうほどストイックに過ごしてたわけでもねえ。二年間疎遠にしても冷めなかった」
 目の前にしゃがみこんで唇を濡らした唾液を乾いた親指で拭いとられた。感触まで拭き取るような乱暴なやり方で。
「鈍いお前でもわかんだろ。俺がお前のこと考えるってのは、どこかしらこうなるんだよ。もちろん選手として認めてる。エロいこと抜きで真面目に思うこともあるけど、ずっと考えてたら必ずこういうどうしようもないことまで考えちまう。嫉妬じみたこと言われりゃ期待だってしちまう」
 忌々しげに後頭部を掻きむしって一人で立ち上がった。置き去りで行ってしまうのかと思ったけれど、仁王立ちでそっぽを向いたまま待ってはくれるようだった。そもそも知らない道を歩いてきたので置いて行かれると途方に暮れてしまうのだが。
「ほら、グズグズしてると電車逃すだろ」
 意図的に声音を切り替えて地面を蹴る。こっちを見ない。人を見るのに遠慮なんかしない瑛がわざとそうしている。
 色よい返事なんか期待していないからだ。そういうのは分かる。自分だって今日まであの日の約束をやり直さなかった。期待していなかったから。
「……手」
「ああ?」
「手を貸してくれ」
「……腰が抜けるほど良かったってか」
 茶化しながらも差し出された手を強く握った。立ち上がっても放せずいたら、並んで歩く形に繋ぎ直された。
 いつの間にか空がオレンジから紺色に変わっている。よりいっそう暗くなった細道を手を引かれて歩いた。
「タカはさっき暇になるって言ってたけど……」
「まさか受験勉強があるなんて言うなよ」
「また一緒に横浜でやらないか。誘ってもらってるんだ。大会が終わったらタカにも声をかけるって言ってた」
「そうか……そうだな。ハハッ、代表チームじゃ一緒なのに久しぶりの気分だ」
 すぐにひと目のある大通りに出て、名残惜しい手を放した。それでも指の背がぶつかる距離で肩を並べて歩いた。
「たまんねえよな。高校最後の大会に負けて、今日は一人でそれなりに悔しく過ごすはずだったのによ」
「遠慮せず思う存分感傷に浸れよ」
「いや、それはもう墓前で済ませてきた」
「……」
 押し黙るのを見て愉快そうに顔を歪めた。
「傑に、昔さんざん聞かされた自慢の騎士が俺にもどんなもんかやっとわかったって言ってきた」
「鎌学が準優勝した報告じゃなく?」
「手土産は故人が喜ぶものって決まってんだろ。あのブラコンにはこれでいんだよ」
 ついつい笑って視線を上げ、向けられる眼差しの優しさに目を逸らす。
 二人同じ電車に乗る駅はもう目の前だ。
作品名:賢い鳥3 作家名:3丁目