ピジョンエクスプレス
列車の窓枠はもう駅を切り取っている。それがスローのアニメーションのように動いて、そして止まった。窓が最後に切り取った風景、それは駅名が書いてある看板だった。
真ん中に大きく「ピジョン」。
そして右に「ポッポ」、左に「ピジョット」と、書かれていた。
「この駅が当列車の終点となります。本日はご乗車いただきまして誠にありがとうございました。お帰りの際はお忘れ物などなさいませぬように…」
列車内にアナウンスが響いた。カケルが振り返ると車掌の姿はすでになかった。運転席にでも戻ったのだろう。
シャーッと音がして列車中の扉が一斉に開く。
カケル、背の高い男、眼鏡の男、三つ子は席から立ち上がった。ワンテンポ遅れて、遅れてきた男も立ち上がった。
一番近い扉の前で、進化したアルノーがカケルの降車を待っていた。一同がぞろぞろと降車する。カケルがアルノーに飛びつくのと、列車の扉が閉まるのは同時だった。カケルは顔をアルノーの羽毛の中にうずめながら、汽笛の音、列車が去っていく走行音を聞いていた。
「おにいちゃん、おにいちゃん」
どれだけの時間が経ったろうか。
突然、そんな声がして、カケルは羽毛にうずもれていた顔をあげた。顔を上げた先にはカケルより二、三歳下の、手にボールを持った男の子が立っていた。
「おにいちゃん、なんでさっきからピジョンにだきついてるの?」
と、男の子は聞いた。
カケルはキョトンとした。なぜここに男の子がいるのか理解できなかったからだ。
男の子はさらに聞いた。
「おにいちゃん、うしろにいるのも、おにいちゃんのぽけもん?」
カケルは後ろをふり返った。
同乗者たちが立っていたはずのそこには、カケルの手持ちであり家に置いてきたはずのオニドリル、ヨルノズク、ドードリオ、そしてネイティオが立っていた。
男の子は目をかがやかせて、勝手にしゃべり続ける。
「いいなぁ…おにいちゃんのぽけもん……。……よぅし、ボクもじゅっさいになったらポケモンゲットのたびにでるぞぉ!」
男の子は一人で勝手に盛り上がり始めた。
カケルは訳がわからず聞いた。
「ねぇ君、どこからこの駅に入ったの? それともあの列車に乗ってたの」
すると、男の子はすごく変なものを見るような目でカケルを見て言った。
「なにいってんの、おにいちゃん。ここ、"こうえん"だよ」
……
カケルは、あたりを見回した。ところどころに木が植えられ、ブランコやシーソー、アスレチックなどの遊具が配置してある。子どもたちのキャッキャッと走る回る光景も見て取れる……たしかに公園だった。
と、突然ボーンボーンと公園の時計台が鳴って午後三時を知らせた。なんだか見覚えのある時計台だった。
「変なことをきくけど、このあたりに西コガネ駅ってないかい?」
と、カケルは聞いた。
すると、また男の子が変なものを見るような目で、
「にしコガネえき? そんなものコガネシティにあったっけ」
と、言った。
「そんな、たしかにここは…」
カケルはそこまで言いかけると、ハッと思い出してポケットを漁った。
西コガネ駅発のあの濃いピンク色の切符を見せようと思って。
そして何かが手にふれた。
カケルはポケットからそれを取り出し確認する――
「なぁに、それ」と、男の子が言った。
――カケルが取り出したそれは、切符ではなく濃いピンク色のピジョンの冠羽だった。
「じゃあね! おにいちゃん!」
男の子はしばらくカケルのポケモンたちを眺めて、ひととおりつついたり、ちょっかいを出すと走っていってしまった。
カケルはふたたび公園を見回した。そこは、雲の上でもなく、ましてや駅でもなく、たしかに公園だった。
特にやることもなく、疲れを感じてカケルは家に帰ることにした。鳥たちをぞろぞろひきつれて、公園の出入り口に差し掛かったとき、看板が目に入った。看板にはこう書いてあった。
「西コガネ公園」、と。
「おかえり」
カケルが帰宅すると、母親が居間のソファに腰掛けて、昼ドラを見ながらぼりぼりとせんべいを食べていた。
カケルは夕食までに小休止しようと、ひと眠りすることにした。カケルが自室に戻ろうとしたその時、
「あなた宛に何か届いているわよ」
と、母親が言った。
母親はせんべいをかじりながら、ひょいっと腕を後ろにやってカケルに郵便物を渡した。受け取ったカケルはすぐさまはびりびりと封筒を破いた。封筒の口を開いて中を見ると、そこには厚紙に収まった金色のカードが。そして、お知らせが同封してあった。
カケルはお知らせを開く。鳥ポケモンたちも注目する。
“招待状 アマノ カケル様
この度は、当社のリニアの開通イベントにご応募くださいまして誠にありがとうございました。厳正なる抽選の結果、ここに当選のお知らせとリニアのフリーパスをお送りいたします。
尚、イベント当日はお手持ちのポケモンも連れておいでくださればより楽しめるかと思います。集合場所は以下を――”
カケルはガッツポーズをした。
「あら、何かいいことが書いてあったの?」
カケルの様子を察したらしい母親が尋ねる。
昼ドラはいつのまにかCMになっていた。
「そういえばその郵便物、発送方法もなかなか凝ってたわねぇ。ベランダにね、ピジョンがとまっててね、そのコが持ってたのよ。新手の配送サービスかしら」
…………。
まさか…、な。
と、カケルは思った。
けれど、カケルと鳥ポケモンたちは思わず互いの顔を見合わせた。
カケルは「はは」と、苦笑いをした。
オニドリルが悔しそうに「ゲェーッ」と言った。
ヨルノズクが、やれやれと言わんばかりに足でバリバリと頭を掻いた。
もはやピジョンになったアルノーは間が悪そうに二羽の様子を伺った。
その様子を見ていたドードリオの頭の一つがネイティオに目を向ける。
ネイティオは郵便物には無関心だとばかりにベランダの方向をじっと見つめていた。
ベランダの窓はあの車窓のようにその先にある風景を切り取っている。
切り取られた空の破片の中にもくもくと広がる白い雲があった。
ネイティオの瞳に、その雲に向かって上昇する、頭から煙を出す長い物体が映し出される。
彼は聞いた。
空に向かう列車の汽笛と走行音を。
そして列車は、雲の中に突っ込むとすぐに見えなくなってしまったのだった――
ピジョンエクスプレス 了
作品名:ピジョンエクスプレス 作家名:No.017