D.C.IIISS ~ダ・カーポIIISS~
俺達は、同時に作業を完了した。
「清隆、カレン、下がれ!」
「でも防御だけは続けて!」
「相変わらず無茶な事言いますね」
「でも、了解!」
二人は俺達に最大限近づき、そのうえでバリアのようなものを張る。
「そんじゃ、行くぞ」
「ええ」
そして声を揃えて叫ぶ。
「せーのっ!!」
同時に両手で地面を叩く。それを合図に魔法が、魔術が行使された。
俺が行使した魔法は、魔法陣の範囲内にいる人間に恐怖を与える魔法。
リッカが行使した魔法は、魔法陣の範囲内にいる魔力を持たない人間と俺達四人を俺の魔法から守る魔法。
魔法陣の範囲とは、共に魔法陣の上の事だ。つまり、俺もリッカも地下以外のロンドン中の人間を対象にした事になる。
それは成功した。
俺とリッカが仁王立ちすると、ウィザリカの面子が腰を抜かして倒れ、後ずさっていく。対して、ヤードを含め、俺の周りにいる人間全員におかしな点は何もなかった。
「成功だな」
「ええ」
俺達は安堵の息をつく。そしてカレンと清隆はバタリと座り込んだ。
「お疲れさん、二人とも」
「付き合わせて悪かったわね」
「いえ、とんでもないです」
「大きくなる前に止められてよかった」
俺達は肩の荷を下ろし、しばしの休息をとる。だがそれが仇となり俺達は気づけなかった。俺達が普段聞き慣れていないはずの銃声に。
俺が気づいた時には既に、目前まで迫っていた。
「カレン、危ない!!」
叫んだところでもう遅かった。
カレンの側頭部にそれは着弾した。
「カレン!!」
俺は倒れるカレンを受け止めると、すぐに弾の飛んできた方向を確認した。するとその数十メートル先に、型は確認できないが拳銃を持った男が一人いた。
その男はこちらが気づいたことに気づくと一目散に逃げ出した。
「野郎!」
「でも、どうして……」
「まさか、あの男は魔力を持っていないのでは!?」
「クソッ、魔法の対象を見誤ったのか……」
「理由は後!清隆、行くわよ!」
「はい!」
「俺も、行く」
俺を置いてカレンを撃った相手を追おうとする二人に声をかける。だが帰ってきた答えは拒否だった。
「だめよ。カレンが傷ついている今、貴方が行っても足手まといなだけだわ。……それより、カレンを介抱してあげなさい」
「……わかった」
その言葉は、彼女らしい優しさを含んだものだった。
「行くわよ」
清隆はリッカの言葉に頷き、二人は走り出した。
「大丈夫かね、風見鶏の少年」
ヤードの一人が俺に話しかける。
「わからない……!?」
俺は改めてカレンを見た時、少し異変を感じた。撃たれたはずの頭部から出血をしていない。だが体中に変な紋様が見える。
俺はそこに書いてある魔法文字を解読した。
「……これは」
そこに書いてあるものは、"呪い"に関係した言葉達。
そうだ、これは。
「これは……禁呪か!」
つまりあの拳銃は、魔法使いや魔力持ちでなくても扱うことの出来るマジックアイテム。しかもその弾に込められていたものは禁呪とそれに必要な魔力。
「野郎共、こんな事のために……」
おそらく、これはエリーをおびき寄せ、エリーを抹殺するために作られたものなのだろう。唯一の誤算はエリーが外に出てこなかったことにより、対象を変更せざるをえなかった事なのだろうが、それでもやることは十分だ。
……だがそこにいまさらたどり着いても遅い。
「……杉並、いるんだろ」
俺は何処と無く言葉を発する。
「よく気づいたな……と、ふざけている場合ではないな」
「わかっているならいい。ヤードと協力して、ウィザリカの奴らをたのむ。俺は風見鶏に戻る」
「了解した。では、スコットランド・ヤードの諸君、協力をたのむ」
杉並は、その才能を遺憾無く発揮し、ヤードを指揮してウィザリカの連中の回収に乗り出した。
俺はカレンを抱えて魔法陣を現出させ、空間移動を行った。
俺が今いるのは、風見鶏のある地下世界の中にある孤島の一つ。図書館島でもリゾート島でもない、リッカが実験で作り、そのまま放置されている<枯れない桜>の実験品がある島。そこに、カレンを抱えて来ていた。
当初は、風見鶏の保健室へ連れていき、呪いに詳しい教師にカレンのそれを聞こうと思っていた。だがそれはカレンに拒否された。
……実際、俺にもわかっていた。カレンの命はもう長くない。
それがこの禁呪の呪い。
受けた瞬間から思いの力を蝕んでいき、それが尽きると今度は命を蝕む。おそらくこのようなものなのだろう。
それをカレンから教えられた。
どうやらもう自分でどんな状況なのか分かってしまうレベルらしい。
そして彼女はこうも言った。「……桜が、見たいです」と。
俺は何も言わず肯定し、ここに連れて来て、今に至る。
俺はカレンを下ろし、未だに咲き誇る桜の幹を背もたれに腰掛ける。
そして俺の膝の上にカレンを座らせ、静かに抱き寄せる。
「……あったかい」
すでに彼女の声は細く聞きづらくなっていた。
当たり前だ。あれからすでに二時間ほど経っている。それだけなら何もない。
だが呪いの力は凄まじかった。すでに、カレンの体を蝕んでいる様なのだ。
俺は諦めたくなかった。だが俺に残された魔力はほとんどない。
俺はカレンの意志を尊重すると決意したのだった。
「……そうか。なら、よかった」
俺は極力声が上擦らないよう気をつける。
そして何も言わずに抱きしめつづける。
本当は想像したくない。カレンを失った未来など。そんなものを見るくらいなら死んだ方がマシだ。
だが生憎俺は死ねない。
「ユーリ……さん……」
「どうした、カレン」
か細い声で、拙い言葉を話すカレン。やはりもう時間は無いのだろうか。
「色々、ありましたよね。私たちが出会ってから」
「馬鹿、まだ早いぞ。俺達には、まだ」
カレンは俺の言葉を否定し、首を横に振る。
「いいえ、もう私に時間はありませんよ。分かってるはずです」
俺は何も言わなかった。それが、俺に出来た唯一の返答だったから。
カレンはニッコリ笑って告げた。
「……私は……貴方と出会って……貴方の事が……好きになって……毎日がすごく……幸せでした」
「……ああ。俺も幸せだった」
「貴方が私に……世界を教えてくれたんです。一人じゃない……二人の世界を」
「だけど、まだまだだよ。俺はカレンに何もしてあげられていない」
「いいえ……十分もらいました。貴方からの……精一杯の愛情を……」
……そうか。今まで、俺はカレンに何もしてあげられていないと思っていたが、カレンはそんな風に思ってくれていたんだな……。嬉しい限りだ。
だけど。
「だけど……。だけど、これで満足するなよ。俺達はまだ始まったばかりじゃないか!!たった一年半、それも俺が半年いなかったから実質一年だ。それだけしか、一緒に過ごせていないんだぞ!!俺は、後悔しかしてない……。それに、今日俺があんなのに巻き込まなかったらって考えたら……」
「そんな風に……言いますけど……あそこで私を連れていったのは……正しい判断だったと思いますよ。……私が……ユーリさんの立場だったとして……私も……同じ判断をしたと思います」
作品名:D.C.IIISS ~ダ・カーポIIISS~ 作家名:無未河 大智/TTjr