ある夜の不毛なる攻防
あまりの事にハンガリーは怒りが収まらなかった。
確かに女帝就任は前代未聞である。先帝カール六世の勅諚を受けた時、ハンガリーでさえ、難癖つけられそうだなぁと内心ちょっと思ったのだ。
思いはしたが、それと沸き立つ感情は別である。
ハンガリーの身近な人が、いちゃもんつけられた挙句、大事な所を奪われたのだ。
とうてい落ち着いてなどいられず、その上主犯格、の近くには古くからの知った顔。なまじその顔と因縁がある分、ハンガリーの苛立ちは一点に集った。
こうなってしまうと止まらない。どうにもこうにもいてはおれず、ハンガリーは走り、駆けた。
国の現身たる国人は、人に寄り添い人の選択に従う、人あっての存在。だからハンガリーは国の行く末には関われない。彼女一人が走った所で事態は何も変えられないし、動かせない。わかっている。
けれども突き動かされるのだ。国としてではなく、ただの一個人としての鬱憤が、ハンガリーの追い風となって背を押した。
思い浮かぶ、腹立たしいケセセ顔を脳内でけちょんけちょんにしながら、ハンガリーは怒気を募らせ決意する。
あいつ泣かす、と。
ところが月の暦はもう十二に差し掛かろうとしていた。
勢いのまま馬を走らせたものの、風は当たり前に冷たかったし、忍び込んだ部屋の寝台の下は底冷えがひどかった。
怒りの炎を燻らせ、どうやって泣かすか、逃がさないよう締め上げるか、むしろいっそ啄んでやろうかあの小鳥野郎、などと考えながら、部屋の主が寝入るまでひたすら待機。
ここに至るまでの恨みつらみに、凍えた時間の鬱憤をまとめて、経験上プロイセンが嫌がる行為に変えて一気に晴らす。
敷いたプロイセンを、犬よりは馬にする強さでわしわしと撫でる。完全に固まってあっという間に涙目になったプロイセンに、ささくれ立っていたハンガリーの気分が上向き方向にちょっとずつ治まってくる。
その上、体全体でプロイセンを押えているからか、冷えた体に奴のぬくい体温が全身心地よく、ハンガリーはそのまま眠ってしまったのだ。
不覚である。
薄暗い部屋の中、寝台の毛布にしっかりと埋もれた状態で、ハンガリーは寝ぼけ眼をゆっくり瞬かせた。
近くにも見渡せる範囲にも、プロイセンはいない。
いたらいたで、どういう神経をしているんだと疑う所だが、ハンガリー自身も、敵を前に寝落ちた自分の神経を一兵士として問わねばならなくなるので、考えないようにした。
想定外だったがよく眠れたと、あくびをする。起き抜けのふわふわとした眠気が心地いい。
体を伸ばせば肌に触れた毛布の触り心地も気持ちよく、
「……え?」
昨夜はそのまま寝落ちた筈だ。勢いブーツを履いたまま寝台に上がったのに、足先に感じるのは毛布の柔らかな感触。そういえば、体を締める下着の窮屈さもない。
何枚も重なった毛布の中、ハンガリーは自分の体を検め、二度見し、跳ね起きた。
着てはいるものの、前全開で皺のついた彼女の上着。穿きものもそのままだが、留め具は外されている。寝台の横手には揃えられた彼女のプーツと、ご丁寧に靴下。
ああもうと声を上げるハンガリーの体から、紐を緩められたコルセットがゆっくりとずり落ちた。
作品名:ある夜の不毛なる攻防 作家名:on