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妖アパ 千晶x夕士 過去捏造

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稲葉が古本屋と世界旅行に行ってから、一年半が経過していた。

時折ブログやメールでやり取りを交わしているが、相変わらず波乱万丈な旅を
送っているらしい。

最近の俺は、ブログの確認が日課になっている。



稲葉がラスベガスに寄った際は、学校も年末年始ということもあり
正宗と一緒にラスベガスへ飛んだ。

十代の成長は著しく、旅立ってから三か月程度しか経っていないのにも関わらず、
稲葉の身長は俺を抜き、また体格も引き締まっていて、
たった数ヶ月の間に色々な体験をしたのだろうと、俺は感じた。

それと同時に、何だか稲葉が俺の手の届かない世界へ行ってしまった感が拭えない。

教師としては、元生徒の成長を喜び、嬉しく思うのが正しいハズだが、
正直、俺の心境は複雑だった。



稲葉は、俺が条東商へ赴任したとき、担任クラスの一生徒だった。
生徒資料を読む限りでは、客観的に不幸な生い立ちの子だと思っていたが、
本人は至って前向きで、真面目な男子生徒だった。

だから稲葉に対する俺の第一印象は、「普通」の男子生徒であった。

どこから「特別」に変わったのだろうか。



昼休み時間に屋上の給水塔へ足を運ぶのが日課になっていた。
別に約束している訳ではないが、そこに行けば必ず稲葉がいた。

そろそろ点滴を打ちに行く頃合いか?と思っていると、
稲葉は絶妙なタイミングで『ツボマッサージ』を施し、俺を楽にしてくれた。

生徒指導室で原因不明の出血(稲葉曰く「鼻血」らしいが嘘くさい)の際にも、傍に稲葉がいた。

修学旅行先の宿屋でも、俺の不調に気付き、稲葉は俺の傍にいた。

そして、三年の夏休み中に遭遇した『宝石強盗事件』後は、稲葉の秘密を共有した。

"どこから"ではなく、自然と「特別」な存在になったのだろう。


俺「千晶直巳」にとって「稲葉夕士」はかけがえのない存在になった。



今日も給水塔の上で煙草をふかす。
別段、うまいと思ってはいないが止められない。

以前なら隣にいるハズの場所が空いている。
無意識に手を伸ばし、俺は「ふっ」と苦笑いする。

そして、青く澄んだ空を見上げ、煙を吐く。
風に流させた煙は徐々に消え、空に溶けていく。

今、稲葉はどうしているだろうか。
映画「インディージョーンズ」顔負けの冒険を繰り広げているのだろうか?
それとも秘境を前に感動しているのだろうか?

何故、稲葉の傍に俺がいないのだろう。
何故、俺の隣に稲葉がいないのだろう。

何度、古本屋を羨ましく思っただろうか。
何度、稲葉を追いかけて行こうと思っただろうか。

空を見上げ、虚ろな目に映るのは最後に見た稲葉の笑顔

「早く逢いに来い。お前には伝えたいことが沢山あるんだ。」

ぽつりと紡いだ言葉が、予鈴のチャイムに消される。

携帯灰皿に吸いカスを入れ、立ち上がる。
一瞬、立ち眩みが襲ったが、なんとか持ちこたえる。

目を瞑って、ゆっくり深呼吸を三回。

「さてと。仕事しますかね」

教師の顔に戻った千晶は飄々と給水塔を降り、校舎内に戻った。

千晶の背後で黒い球体が浮かんでいる事に気付きはしなかった。