真夜中のスーパー・フリーク
「ぃよう、少尉! お手柄だったなぁ」
「ヒューズ中佐」
イイ笑顔で手を振ってくる中央の上官のご登場に、ハボックは思わず無意識に身を引いた。
「なんだその一歩」
「すいません、身体が勝手に。…もうお戻りで? 打ち合わせ終わったんスか?」
ヒューズの手にした書類の上に中央へのチケットが乗ってるのを指して、とりあえず話題の転換を図る。
ち、段々慣れて来てんな、という不穏な呟きは自分の為に聞かなかった事にした。
こちとら昨夜のあの騒ぎのお陰で、次は事後処理の為にぶっ続けで使われている身だ。もう今更遠慮は無用、と言われてる(いや言われてはいないけど何かそんな感じ)相手に使う気力は残ってない。
だがやはりダレダレな態度も全く気にした風もなく、ヒューズはそうそうーと明るく頷いた。・・・元気だ。
「用事済んだらさっさと帰れとさ。冷たいよなぁ」
別についてきて欲しくはないんだが、物凄くナチュラルに同じ方向へと歩きながら、ハボックは適当に相槌をうっておいた。
とりあえず、この短期間に学んだ事は一つだ。
まっとうに話を聞いてはいけない。
それがこの真っ当でない佐官2人に対する共通認識になりつつある。
・・・それにしても話が終わりを迎える気配がないんだが、この人は何処までついてくるつもりなんだろうか。
「ああ、そういやロイが探してたぞ」
「…オレ別に今用事ないはずなんですけど…」
ぼんやりと呟くと、何を考えていたのか知るよしもない割に、カラカラと気楽にヒューズは笑ってくれる。
「まー、何の用事かは知らねぇが、諦めろ。何か気に入られてっぞ、お前さん」
何やったんだ? なぞ聞いてくるが、そんなの自分の知ったこっちゃない。寧ろこっちが聞きたいっての。
本当に、何が気にいられたんだか。
「てゆーかオレ、すっげぇ貧乏くじ…?」
憮然としたというか、でもそんな悪い気はしていないというか。
どうも複雑そうな表情で低く唸るハボックを見遣り、面白ぇなぁこりゃいいや、と本人が聞けばそのまま逃走しそうなことを考えながら、ヒューズはそんな事をおくびにも出さないままに笑った。
貧乏くじといわれればそれはもー本当に否定出来ないほどそのままだが、見返りは結構大きい。
アレはどんな時もただのきっかけだ。そう思ってる。
あの男は昔から自分の周りにある可能性を見付ける事が何故か上手い。それがどんな種類のどんな小さなモノであっても、必ず見付け出す。
這い上がる為の何かを見付け出してしまうから、諦めない。そして周りが諦める事も許せない。
彼は自分で言う以上に欲張りだ。全部を手放さないまま、どんな壁に当たってでも、先の見えない道でも行こうとする。
そんなのが傍にいてみろ?
自分がどこまでやれるのかを、
試してみたくはならないか?
「――――とりあえず、飽きない事だけは保証する」
「…それって絶えずこーゆー碌でもない事に巻き込まれるって意味ですか?」
ああ、本当にあの時悪友殿が言った通り、イイ勘してるじゃないか。
とりあえず嫌そうだが、本気ではなさそうなので思いっきり笑ってやる事にした。
「前に言ったろ?」
全部、自分次第だって。
ニヤリ、と人を食った笑いを見せると、ハボックの銜えたタバコの先が嫌そうに下がった。
***
「何だ、まだいたのかお前」
「ひでーな、それが手土産持ってきてやった親友に対する仕打ちか?」
呼ばれてる、という事なので一応司令室の方に顔を出したら、用事とやらを言われるより先に、司令官殿はあからさまに邪魔、と言いたげに眉を潜めた。
とりあえずそこからさらなる舌戦に展開する前に、やらんといけないことが山積みで忙しいんですけど、と前置きしてから用事を聞いてみた。
「忙しいのか?」
「ええ、誰かさんが庭の殆ど焼き払ったり何かするからその報告書とか」
「そうか、忙しいか…」
というかそこだけじゃなく、理由の方もちゃんと聞いてくれ。
言いたい事は伝わっているだろうに、全く気にする素振りもなく、彼はにっこり微笑んでじゃ、別に良い、と言った。
「…何スか?」
途中でそう切られると気持ち悪い。特にこの人の場合、裏がありそうで嫌だ。
聞かなかったら聞かなかったで、聞いたら聞いたで後悔したくなる事も度々あるが、どうも最近好奇心の方に負けている気がする。
不審そうに先を促すハボックの視線をものともせずに、彼はまた麗しい笑顔でもって告げた。
「昨日の金髪のご婦人がお礼を、とお前を尋ねて来ているらしいのだが。そんなに忙しいようなら、代わりに私が対応してもいいかね?」
金髪。
ご婦人。
大佐。
頭の中で最速で警鐘が鳴った。
「ダメです!ダメダメ絶ッッッ対ダメ!」
普段の緩さをかっ飛ばし、ものの見事なスタートダッシュを決めた長身があっという間に廊下の向こうに消えていく。
軽く舞い上がった埃と、タバコの匂いをその場に残して。
「…なぁ」
僅かに開いた沈黙ののち、ぽそりとヒューズが呟いた。
「ん?」
「おっもしれーなぁ、あいつ…」
何処かにオン・オフのスイッチでも付いてんだろうか。
碌でもない事を言っている親友に倣って、彼もまた深く頷いた。
「基本の行動原理が判りやすいようでさっぱり判らん」
だから面白いんだが。
とてもとても微笑ましそうに見送る佐官2人の傍らで、
あーゆー反応するから無駄に喜ばせるんだよな、と。
見目麗しい副官や、飛んでいった少尉の相棒が内心合掌、と呟いていたことなぞ知るよしもなく。
とりあえずほんの少しの間だけ、ハボックの幸せは続く。
Fin
作品名:真夜中のスーパー・フリーク 作家名:みとなんこ@紺