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ピロートーク

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 その朝、「もう少し寝ていればいい」という言葉に葉山が珍しく素直に従う気になったのは、雨の音がしていたのと単に昨夜の情事に疲れ果てていたからだった。
 実際、うつ伏せになった身体は抱かれ終わったばかりのように動かすのも億劫だった。素肌に感じる軽やかなはずの羽根布団さえ、心なしか重く感じる。頬の下の枕を抱きしめて、ようやく目を開けると、嫌味なくらい抜群のプロポーションを持った男が袖のカフスボタンを留めながら言った。
 190を軽く超える男の身長より遥かに大きな窓を背にした男の顔は逆光ということも手伝って葉山には見えなかったけれども、穏やかな口調とは反対に海より青い目はどうせ揶揄するように細められていることはわかっていた。
 仕事でいいようにおもちゃにされ、ベッドの中でも散々好き勝手される身としてはまったく面白くもなかったが、まるで麻薬に溺れる中毒者のようにエディとの情事はやめることができない。
 ぼんやりと窓の外を見ていると、「まだ7時前だ」とエディはテーブルの上の新聞を取り上げて言った。
 葉山の言いたいことはお見通しというわけだった。嗄れた声を聞かれるのを嫌がり無言でいるのも。
 ベッドの中でのエディは別人かと真剣に疑うほど葉山の身体を丁寧に扱う。身長に見合った長い指に傷つけられたことも、傷つけられると恐れたこともない。その代わり、死ぬほど啼かされる。エディが今以上に変態で、情事を録音しようものなら確実にビルの上から飛び降りるほどのひどい喘ぎっぷりであることは教えられなくとも知っている。思い出すだけでも羞恥で細胞の百や二百は軽く死ぬ。
 認めることは癪だが、要は、と葉山は思い、ひとつ瞬きをした。気持ち良いのだ。もうそれはごまかしようもなく、歴然と葉山の前に事実として立ちふさがっている。
 睦言など聞いたこともないが必要ではないし、聞こうものなら素っ裸でベッドから逃げ出す。聞く気もないが、気にしなくともエディが心にもないことを口にするはずはない。そういうマネをするときは何かしらの目的があるときだけだ。エディはどんな詐欺師よりも詐欺師らしいプロフェッショナルを発揮する。
 はっきり言わずとも明確に葉山はエディが嫌いだ。いつも人の頭を押さえつけて上から物を言う。葉山の場合、誰もかれもが上から目線なのだがエディは特にひどく人間扱いをしない。機嫌が良くて『赤ん坊』、普段は『喋るサル』としか思っていないんじゃないかと推測する。部下が上司を選ぶことはできないが、エディ以外ならアホでも馬鹿でもクズでもカスでも間抜けでも、なんなら能無しでもいいと思ったことがある。しかし、葉山がこの世界に足を踏み入れてから、エディ以外の上司にお目にかかったことはない。
 エディは日本人女性が夢見る白人そのものだ。背が高く、適度に筋肉質で、金髪碧眼、美形でスマート。スーツが似合い、爽やかで、インテリ。すべて本当のことだが腹の中は真っ黒だ。たぶん、それは褒め言葉になるのだろう、この世界で葉山以外の者ならば。
 実際、エディは情報局の中でも優秀だ。順調に頭角を現していると聞く。アメリカで優秀ということは世界でも優秀ということだ。優秀すぎると言ってもいい。身をもって嫌と言うほど認識させられてきた。あれだけ腹黒い男を敵に回したら、葉山なんかは敵に同情する。すべてにおいて優秀とは言い難い葉山の上司がすべてにおいて優秀であるエディというのは悲劇としかいいようがない。
 そんな葉山がしぶしぶながらも結果的に、そして定期的に抱かれてしまうのは快楽もさることながら、その姿を少なくとも最中だけはエディが馬鹿にしないからだった。
 根こそぎ奪われたようなプライドがまだ残っていることに辟易しながらも葉山は情事の最中に笑うようなデリカシーのない人間は男も女も嫌いだった。女はともかく、男はエディしか知らないために世間がどうなのかはわからないが、普段のエディなら頭の上からつま先まで馬鹿にしきった態度を見せても驚かない。繊細に扱われすぎて反対に驚く。冷静に考えれば気味が悪い。そうされても翌日の気だるさはうんざりするほどなのだから、これで雑に扱われていたらと思うとそら恐ろしい。
 エディは部下をからかって遊ぶ鼻持ちならない嫌な癖があるが、まったくデリカシーがないわけではない。日常生活においてその貴重なデリカシーを見せる相手を一方的に決めて、その中に葉山が入らないだけだ。
 ベッドの中でエディが笑わないのは単純にスポーツととらえているからだ。少なくとも葉山が相手のときは一対一で、肉体を使って激しく攻め、相手のダメージの程度を見極めて攻略し、汗をかくことで満足する。そして、勝利はいつもエディの手の中だ。セコンドがタオルを投げ入れることのない素肌の闘いは葉山がクレームをつけるはずがないと思っている時点で、エディにとってフェアプレーと断定されている。腹の立つことに尋ねるまでもなく葉山の身体が満足していることを見て取る。嫌な男だ。
 これも部下とのコミュニケーションなどと腐ったことを考えていたら殺してやりたくなるが、単なるスポーツとしか思っていないところは救いだ。
 だから、世界の不幸を背負ってんのかと坂下に呆れられるネガティブな思考の持ち主である葉山でも、なんとかエディとの関係を続けられている。ベッドに入るまではこの世の終わりのような気になるが、入ってしまえばスポーツだからと自分を納得させられた。手の上で転がされようが割り切れる。
 今日は日曜だったがエディに曜日は関係ない。年がら年中、いつでも仕事中だ。アメリカ人が好むバカンスも彼の前では無用の長物だ。エディという通称をワーカー・ホリックに変えてもいい。
 葉山は今日一日休みのはずだった。もちろん事務所は休みだが会社は24時間営業だし、なにより休日という言葉を知らない上司がいつなんどき繊維しか見えなくなったオレンジのカスを投げてよこすかわからない身である。しかし、その上司が目の前で「もう少し寝ていろ」と口にしたからにはおそらく休んでいいのだろう。仮にやれと言われても仕事ができる状態には程遠い。まだ中にエディがいるかのような身体をうっとうしく思い、葉山は目を閉じた。
 雨音に混じって新聞をめくる乾いた音が聞こえる。部屋にエディの好むコーヒーの香りが漂っている。カップとソーサーの触れる音がする。肉体的に疲れた身体を広いベッドに横たえて、うつらうつらするこの時間が葉山には案外心地よく、ふっと気を失うように眠りに引き込まれる一瞬一瞬を気に入っていた。
 エディの住居の一つであるこのマンションはいつ来ても人が住んでいる気配を感じない。日常生活に必要なものは一通りそろっていても使われている形跡はコーヒーメーカーくらいしかなかった。
 たまに開ける冷蔵庫ではチーズやヨーグルトを目にするがエディが自分で買っているとは思えない。誰かが置いていくのか、誰かが定期的に置きに来るのか、どちらにしても甘いものが好きではないエディの好みを少しは知っているということか。どうでもよいことなのになんとなく頭に残っている。
作品名:ピロートーク 作家名:かける