柘榴石のほほえみ
1 白薔薇は興味を示す
「薔薇水晶、それはなに?」
薔薇水晶の店へ遊びに来ていた雪華綺晶が、店先においてあった石を指し示す。
「これは、ガーネットだよ。見慣れない宝石だったかい?」
「……綺麗ですわね、これ」
雪華綺晶は、置いてあるそれを手にとって、微笑む。
玩具を手にした子供のように、微笑みながらこう囁いた。
「薔薇水晶、これはどこで手に入れたの?」
彼女、雪華綺晶が其れに興味を示したのは、意外だった。
白薔薇と呼ばれる彼女が、ひとつのものに興味を示すのは実に不思議なこと。
「其れはお父様のものさ。けれど、どこで手に入れたかまでは――聞いていない」
「あら……それは残念ですわ。差し支えなければ」
「ん?」
薔薇水晶は、彼女のほうを向く。
「次に遊びに来るときにでも、在り処を教えていただけると嬉しいですわ」
「……お父様が覚えてると思うかい、きらきー」
「それを聞き出すのがあなたの役目でしょう、ばらしー」
そういって、雪華綺晶は鏡の中へと身体を沈めた。
店に残ったのは――薔薇水晶だけになる。
「……柘榴石、か」
石を手に取り、窓へかざす。
透けた光が、薔薇水晶の目にまばゆく差し込んだ。
「珍しいこともあるものだ、キミが白いもの以外に興味を示すなんてね」
「おーっす、ばらしーはいるですかー?」
入り口のほうで、元気な声が聞こえてきた。恐らくは翠星石だろう。
薔薇水晶は石を置き、店先へと向かった。
薔薇水晶が店先へ向かうと、そこにはやはりというか、案の定翠星石が居た。
「よ、元気してたですか?」
「それなりに。で、翠姉さんは、何の用かな?」
「おーや、遊びに来る姉心に対して、随分と剣呑な態度じゃねーですか、ばらしー」
そんなつもりはない、という顔をする薔薇水晶を鼻で笑いながら、翠星石は椅子へ腰掛ける。
「単刀直入に言いてぇんですが、ばらしー。Nのフィールドに、宝石が取れる場所があるってのは知ってるですか?」
「……宝石?」
薔薇水晶は柘榴石を思い出し、翠星石の元へと持ってくる。
「たとえば、こういったのも……取れるのかな?」
「デカっ。なんですかこの大きなガーネット!」
「……お父様が持っていたものだよ。ボクは知らない、どこで取れたかまでは」
「ふぅん、なら本人に聞けばいいんじゃないですか?」
「……あ」
後ろを振り向けば、そこには槐が立っていた。
「珍しい組み合わせだ」
そういいながら、薔薇水晶の持っていた柘榴石を手に取る。
「どうせ、キミのことだ。宝石を売って一攫千金とでも思っていたんじゃないか?」
「そそそ……そんなこたぁ、ないですよ」
(図星だなあ、翠姉さん)
くすりと笑う薔薇水晶を、槐は見つめる。
「さて、薔薇水晶。これはどこで手に入れたものか分かるか?」
「無茶を言いますね、お父様」
「そりゃ、まあ。無茶を言いたくなる程度のところに眠っているわけだからな」
槐はすっと、柘榴石を机に置いた。
「なぜ私がここまで隠すか、わかるだろう。欲の皮の突っ張ったものに狙われるほど可哀想なものはないからな。そこの翠星石のように」
「ぐ」
苦虫を噛み潰したような顔をする、翠星石。どうやら図星のようで、そのまま下を向いて黙り込んでしまう。
「だが、今回ばかりは少し状況が変わっている」
「はいぃ?」
すぐ黙り込んだかと思えば、ほいほいと顔を上げる翠星石。実にわかりやすい。
槐はふたたび薔薇水晶のほうを向き、話す。
「平たく言ってしまえば、記憶の海のある箇所に、宝石を生み出す地点がある」
「……地点、ですか」
「正確にはその場所にある宝石だ。其れは、望みを糧にあらゆる宝石を生み出すことが出来る。私は其れを、渇望の宝玉、と呼んでいる」
「言いえて妙ですねえ、それは。ですが、その宝玉になにか問題でも発生しやがったのですか?」
「私は時々、というか一月に一度はそこへ足を運んでいる。宝玉の保護と、自らがもたらした贖罪も兼ねて」
薔薇水晶の顔が、すこしだけ引きつる。まるで、自分が原因であるかのように。
それを気にせず、槐はなおも話し続けた。
「先月、私がそこへ行ったとき。宝玉はその力を失っていたのさ」
「!」
「少しの望みで、其れは宝石を浮かび上がらせる。だが、宝石は【出来なかった】んだ。何故だかわかるか、二人とも」
考えるようなフリをしつつ、話をじっと聞いていた翠星石は、椅子から立ち上がる。
「んなもん決まってます、誰かが宝玉を摩り替えたんですよ!」
「……そうだな、宝玉が――その役目を終えた、と考えたほうが現実的か?」
「ふむ、二人とも正解ではある」
「へぇ?」
きょとんとした顔をする翠星石と、自分の思考が間違っていなかったことに対して、安堵する薔薇水晶。
「宝玉そのものは本物だ。ならば何故宝石は造られないか。宝玉にこめられた力を、誰かが奪い取った――と、私は考えている」
「ややこしいことをするもんですねぇ。宝玉ごと持ち帰っちまえばいいのに」
「それが出来ないからこそ、あの場所は遺されていたんだよ、翠星石」
「ぐぬ……」
「そういうわけだ、もう何が言いたいかは判るだろう」
「……宝玉の力を、取り戻せといいたいのでしょう」
槐は待ってましたといわんばかりの顔をして、薔薇水晶を抱き上げる。
「ひゃん!」
「Nのフィールドをうろつくのは非常に大変だ。私自身に力は無い、ということはキミたちに頼るしかないということだろう」
「……報酬はあるんですか?」
「まさか、それぐらいは慈善だと思ってやってもらわないと困る。先ほどの発言を聞いている限り、桜田家のローゼンメイデンたちに頼めるようなことではないと私は思っていたからな。ジュン君に伝えないだけ、優しいと思ってくれ」
「ちぃー……わかりましたよ、私だって無理やり奪われたものを大人しく奪われたままにしておけるほどの甘ちゃんじゃあ、ねーですよ」
「翠姉さんがそこまで言うなら、ボクもやる気は出るというものです」
抱き上げられている薔薇水晶を床へおろし、槐は戸棚からあるものを取り出した。
「綺麗な石ですねえ。それも宝石ですか?」
「ムーンストーン。白き薔薇を携えたかのようなこの宝石が、宝玉の魔力を感じ取る」
「オカルトな話ですが、確かにそいつからはオーラが出てますよ。パチモンじゃあねえみてえです」
「……それも、宝玉の【望み】ですか、お父様」
「私が望んだものでは無い。それだけははっきりと真実を伝えたかった」
ムーンストーンを薔薇水晶へ渡す。ほのかに光るその白い宝石は、彼女の手の中で静かに命を刻んでいる。
「ところで、ボクと翠姉さんだけで行かせると?」
「愛娘をこんなあんぽんたんに任せるわけが無いだろう」
「さりげなくバカにされてますね?」
「真紅や雛苺に頼むほどバカじゃない。だが、金糸雀に頼むのもどうか、ということだ」
「じゃあ、白薔薇でいいんじゃないですか?」
「……姉は不憫だな」
「あ」
槐は笑いながら、翠星石の頭を撫でる。
「蒼星石と雪華綺晶を連れて行くといい。幸い、蒼星石にはすでに連絡をつけておいたからな。雪華綺晶については、薔薇水晶。君が連れてきてくれ」
「……ボクが、ですか」
「まあ、消去法で? 仲いいだろう、君らは」