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妖アパ 千晶x夕士 『想』

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「盗み聞きじゃないぞ、聞こえたんだ」
「どこから?」

「『年上で美人』のちょっと前ぐらいから?」
「/////」

「てか、お前。『付き合ってるんですか?』の質問に『多分?』はないだろ」
「いや…俺も良く分かんなくてさ」
「何が?」
「『お付き合い』が初めてだから、今までと何が変わったかよくわかんねーんだよ」

そう答えると、ニヤリと千晶は笑い「そーか、分からないなら教えてやらんとな」と
駐車場の影になる場所で夕士にキスをした

「ばっ!バカ千晶!!外だぞ!」
「ダーリンが『分からない』から教えてやったんだろ?」
「そーゆーことは誰もいないところでしろよ!」

「んじゃ、とっとと帰りますかね」
「へ?」
「続きは俺の部屋でしような?ダーリン」
「////」

チュッと軽く唇にキスを落し、車の元へ歩いていく
夕士は茹でタコのように赤くなり、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ



残暑の厳しい日本の9月上旬

三枝は8月中旬にイギリスへ渡英した

空港まで千晶と共に見送りにいくと、
「また年末に日本へ帰ります。その時は千晶さんも一緒に初詣行きましょうね」
と元気よく手を振り戻っていった

古本屋はアディと一緒に今頃はアラスカあたりだろうか?

最初の頃、アディは『幽霊』や『妖怪』を怖がり古本屋の後ろに隠れていたが
次第に打ち解け、るり子さんの絶品料理に絶句し、地下の洞窟温泉で鋭気を養い
最後は詩人や古本屋、まり子さん達と酒を飲みかわし、
ご機嫌になるとバイオリンを演奏した

そう言えば長谷を紹介した時、アディは目がハートマークになり
ずっと長谷の傍から離れず、いい加減鬱陶しくなった長谷がアディの頭をスパンッと
叩いたことがあったっけ

あの時は皆ビックリして一瞬固まったが、そのあと大爆笑だった
笑われたアディは不貞腐れていたが、これも打ち解けた証なのだろう

古本屋と旅立つ前、名残惜しそうにるり子さんの手を握っていた
二度と逢えないわけでもないのに、それ程アパートを気に入ったのだろう

夕士はというと、
書き上げた新作の原稿を出版社へ提出した帰りだ

夕暮れに染まる空を見上げ、軽く背伸びする
首を廻し、コキコキと音をならしながら駅へと向かって歩く

行先は「クラブ・エヴァートン」
今日は千晶がステージに上がる日だ

事前に告知している場合は
普段のステージと異なり、特別ゲストが登場したり、何かしらの催しが開かれる

「よう、夕士」
「薫さん、お疲れ様ッス」

「夕士くん、随分早いな」
「お疲れ様ッス、正宗さん」

ガシガシと頭の後ろを掻きながら「投稿日ッス」と答えると「なるほど」と納得し
「ナオミなら[控室]にいるぞ」と薫から聞き、千晶の元へと向かった

控室と言っても、何部屋か用意されており、プライオリティによって分けられる
重要なゲストの場合から一般ゲストまでランク付けされており、
千晶の場合[控室]は名ばかりのデラックスルームが用意されている

ドアをノックし「千晶いるか?」と声をかけると扉が開いた途端
ぬるっと出てきた腕に捕まり、夕士は千晶に捕獲された

「遅い」
「いや…十分早いだろ?」
左腕一本で抱きしめる千晶の背中に両手を廻し、腰のあたりで手を組む

時折夕士の頬に千晶の髪があたる

首を竦めて「千晶、くすぐったい」と言うと「もう少しこのまま」と甘えた声で答える
肩口でグリグリと自分の頭を擦りつけ、「マーキング」と言いクスクス笑う

「猫みたいだな」
そうつぶやくと「じゃ、俺を飼ってよ」と顔を上げて答える

「なっこ(猫の幽霊)がいるから他をあたれ」
「寂しいこと言うなよ、ダーリン」

前髪を降ろしシンガーモードになっている千晶は色気があり、目のやり場に困る
なるべく凝視しないように視線を泳がしていると「稲葉?」と不思議そうに覗き込む

「いや…」少し火照っているのを見られまいと、顔を背ける

「俺のこと、迷惑か?」
「はぁ?」
何を言い出すかと思い、千晶を見ると不貞腐れた様にそっぽを向いている

「いつ、俺が千晶を迷惑だ、なんて言った?」
「お前の態度が、俺を拒絶しているように思える」
「はぁ?」

どうやら、顔を背けたことがお気に召さなかった様だ
ハァーーーー
深いため息を吐くと、千晶はビクッとして離れようとする
夕士は千晶を両腕に捉え、「ちげーよ」と耳元で囁く

「ステージ前の千晶は色気たっぷりだから、目のやり場に困っただけだ」
火照った顔を見られないように、千晶の頭を固定し理由を説明する

「そーか、ダーリンは惚れ直してたんだな?俺に」
「なっ////」
ガバッと千晶を引き離し「何言ってんだよ///」と叫ぶが、千晶はニコニコしている

「稲葉、もっと顔見せて」
千晶はそっと夕士の頬に手を当て一歩前へ進みでる

「千晶…」
千晶の手に自分の手を添えて見つめる

お互いが惹かれあうように唇が重なり、千晶の腰に左腕を廻し抱きしめる
「愛してる、夕士」
息継ぎの合間に囁かれる愛の言葉

初めは慣れず、都度千晶に突っかかっていたが、
回を追うごとに、その言葉は甘い媚薬となり、夕士の脳を刺激する

「聞かせて、夕士」
千晶はおねだりする様に夕士の唇をペロリと舐める
脳も身体も、全部が溶けてしまいそうな錯覚に陥りながら
「ナオミ」と声を絞り出すと、嬉しそうに微笑み返す

「好き、ナオミが好き」と囁き、ギュッと抱きしめる

「このまま時が止まればいいのに…」ボソッと呟く千晶に、夕士は笑いを堪えながら
「そろそろ時間じゃねーか?」と声をかけた

作品名:妖アパ 千晶x夕士 『想』 作家名:jyoshico