ガールフレンド
脱力して壁に背中を付けて座り込んだ道宮の横に同じように座り込む。女子とこんな話をするのは初めてで奇妙な気分だった。
「いつかはさ、告白したいとは、思ってるよ?」
「大地とは中学から一緒なんだろ?その時からそうなら長いよな」
「中学校の最初から好きだったわけじゃないんだけどね、勇気、出ないんだ」
女の子なのに。大地と中学から親しくて、ショートカットだけどちゃんと女子らしいところがあって可愛くて、それでも不安なんだ。それに比べたら、まだ一年の付き合いでどこもかしこも男の俺が勇気を出すのはとてつもなく困難でも当然だ。
「ねえ、菅原は告白しないの?可能性ゼロじゃないんでしょ?」
「しても、困らせるからさ」
「そうだね。……アタシもそうかも」
ラブレターの主は直接の友達じゃないから、断ってもきっと何も変わらない。だけど、友達に告白をしたら友達で居られなくなるかもしれない。
「難しいね」
ため息まじりの言葉に深く頷いて、好きで好きでたまらない親友の顔を思い浮かべた。
道宮もぼんやりと斜め上を眺めて黙った。二人で並んで眺める窓越しの空には一つの顔が浮かんでいる。
俺も大地のことが好きだ。
それから急激に彼女と親しくなった。あまり人に言えない話を共有すると二段飛ばしで相手のことを理解できたような気になる。
話してみると、まず音楽の趣味が一緒だった。雑誌やおすすめのバンドのCDを貸し借りしているうちに話題も増えてすっかり意気投合した。気心がしれても彼女は大地との仲を取り持って欲しいと頼んだりはしてこなかったから良かった。
「やっぱり告白するなら自分でちゃんと言わなきゃダメだよね」
拳を握りしめ言う彼女を肯定しながら、応援にも足を引っ張ることにもならないセリフを慎重に見極めた。
友達だから陥れる真似はしたくない。だけど、同じ人を好きなんだとは言えないし、背中を押したりもしたくない。彼女が大地に気持ちを伝えた時に平気でいられるかはわからなかった。
帰り道の途中で二人と別れた。一人だけ方向が違う。大地と帰るときはいつもここで別れるし、今日だってわかっていたことだ。
「俺こっちだから」
道宮に向けて言って足を止めると、慌て顔で大地と俺の顔を二往復した。
「じゃあアタシもここで……」
「道宮はヒラタ文具のとこまで方向一緒だろ?何か用事?」
「えっと、そういうわけじゃないけど……」
「なら行こう」
促されて、大地じゃなく俺の方を見た。キラキラした目で。大地に気付かれないように握りしめた拳を小さく振る。アリガトウのサインだ。
それには何も返さずひとりぼっちの帰路についた。いいよな、学区が一緒なんだもんな。そうしたら俺だって中学から一緒だったかもしれない。
ひと目を気にしなくていい気楽さでぼんやり妄想して、結局妄想の中でも告白せずに友達のままで終わった。家が近くでも男だから。だけど、女の子になりたいと思うわけでもない。男だから道宮より大地の近くにいるんだ。
ズルイだろうか。彼女は何も知らないで俺の片思いを応援してくれているけど、相手が大地だと知ったら俺のことを軽蔑するかもしれない。
昔、まだ恋に興味のなかった小学校の時には、人を本気で好きになったら世界が輝いて見えるのだと思っていた。実際は違った。自分のズルさを沢山知って、大事な友だちの幸せを祈れないような人間になってしまった。
肩に斜めがけしたスポーツバッグの中に、CDと交換で道宮から渡された昨日発売の雑誌が数冊入っている。好きなバンドが表紙のやつだ。
同じものが好きでも嬉しくないことがあると、最近知った。
歩くたびずっしり重たいバッグが揺れた。