ななつとせ
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うちの中でひとりきり。
別に今に始まったことじゃない。
少年の親代わりの存在は仕事でいない。いる時間よりいない時間のほうが長い。はじめからいないのとたいして変わらない。もう慣れた。
もっと小さい頃には始終つきっきりで相手をしてくれるベビーシッターがついていたものだが、さすがにそういうのは鬱陶しく感じる年頃になってきて、避けるようになってしまった。第一、この手の使用人が長続きした試しがない。数ヶ月で入れ替わる人物に懐いてみても虚しいだけだ。そもそも、彼らは使命第一でここにいる。それが証拠に、一度職務から離れたもので、以降、彼を訪ねてくるものは皆無だし、連絡さえよこすことはない。
扱いの難しい子供。周囲が彼をそう認識していることは気づいていた。そうかと思うと、ますます彼は自分の内に殻を築いてしまった。
故にひとりきり。
屋敷内には人がいる。子守兼ハウスキーパーとして。たとえ彼が一人でいることを望んでも、監視の目は常に彼につきまとっていた。彼が、守られなければならない存在だったから。内外の、考えうるあらゆる危険性を考慮して、彼は見張られている。異常があればすぐそれと察知できるよう、館内にはカメラがあちこちに隠され、それを通じて警備のものが四六時中ついているのだ。
カメラそのものは存在感を出さぬように配慮されて、目に触れにくいよう様々に隠されてはいるのだが、その位置に一度気づいてしまうともう完全な無視はできなかった。
見ないようにしていても、どこかで視線を感じてしまう。
檻に閉じ込められているようだ。動物園という、かつて存在していた生物を鑑賞する施設の映像を見て、ある日ふと自分も同じだと感じてしまった。なんて息苦しいんだろう。
鬱陶しいので外に出たい。だが、行くあてがあるわけでもない。
外にでたからといって、監視の目がなくなるわけでもない。彼が気づかないよう配慮はされているし、最初こそそれと知らなかったけれど、外出の連絡を受けてSPがやはり彼を護るべく監視の目を向けている。それに、外にでると、監視ではないがそれ以上に注目される。
子供の少ないこの世界では、ただ小さいというだけで人目を引いてしまう。
それも隣に同じ子供の集団や、あるいはそばに立つ大人がいるならまだしも、子供一人だと際立って仕方がない。ましてや彼は、顔を広く知られていた。彼だと気づかれると、注目度が格段に上がる。家で監視されるよりさらに居心地が悪い。
同じ子供の友人と一緒なら、また違ったのかもしれない。注目は分散されるし、第一、友人の存在が彼の気を一番に引いてくれさえすれば、他者の目もここまで気にはならなかったかもしれないのだ。或いは、友人宅なら鬱陶しいほどの監視からは逃れられたろう。
けれど、彼にはそんなものいなかった。
先年、形ばかりは彼も幼年学校に所属することにはなったのだが、大人たちがこぞって特別扱いするのを敏感に察した子供らは、誰も彼も彼を遠巻きにしたし、彼の方でもそんな腰の退けた輩や媚を売るしか脳が無いような連中となど、つるみたくもなかった。
結果、彼は家に引き篭もっている。監視カメラに無視を決め込みつつも、どこか苛立ちを抑えきれないまま。
仕方ないので、手元の端末を弄って電脳空間を探訪する。いっそHMDでも装着したら、あの見られてる感覚も消えるのだろうか。そう思うけど、あいにくここにそれはない。仮想世界に長くいるのは良くない、とか何とかいう理由で取り上げられているのだ。あれが使えるのは学習時間のみ。なんともままならない。こんなつまらないことも自由にならない。
彼にできるのは、世界に背を向け無視を決め込むこと、それだけだった。
つまらなそうに、ニュースサイトを巡る。今日の分の学習はとうに済ませた。予習もだ。というか与えられたテキストはこなしてしまったので次を要求したら、軽く驚かれた上、「今日は十分に学習成果をあげられたのですから、あとはご自由に遊んで過ごして頂いて結構です。お疲れ様でした」とか言われたのだ。
遊ぶかわりにテキストをこなしていたのに。
手持ち無沙汰だ。遊ぶと言っても、何をしたらいいのか。コンピューター相手のゲームをしても、あまり楽しいと感じない。つまらない。使用人では話にならない。相手になってくれそうな人間は、夜中を過ぎても帰ってこない。つまらない。
だから、とりあえず手当たり次第情報を入手する。退屈と孤独を溶かしてできた穴ぼこに、片っ端からそれらを詰め込む。
そんな中開いたとあるサイトの時事ニュースにふと彼の目が留まった。
「――アルテア統合政府、子供のための記念日の制定を議決。これはかねてより議会に提出されていた案件であり、子供を尊重しその育成を助成することを目的としたもので、特に現在では存在しなくなった乳幼児の今後の確保に向けより一層努力・邁進するとともに、現在の若年世代にもその存在への認識を伝え希少さを実感してもらうことを目的としている。更に、現存する最若年の世代層への一層の保護と学習指導にも引き続き力を入れ――」
……現存する若年世代の中でも更に最若年の子供、というのが自分らしいという事は彼はとうに知っていた。だからこそ、こんなに自分の世界は監視の目で溢れているのだろうか、そう思う。
別に自分が欠けても、自分より先に生まれた中で一番後に生まれた誰かが自分と取って代わるだけのことじゃないか。それが自分であろうが、どこかの誰かであろうが、別段違いはないように思うのに、何でまた自分ばかりがガラス張りのケージで飼われる実験モルモットみたいに監視され、注目されるのか。理不尽だ。自分より小さい子供がいないからといって、いつまでたっても「小さなもの」扱いされるのも腹立たしい。
そのもやもやした感情を、彼はただ黙って飲み込む。
そこでふと、疑問が生まれた。
彼より少しだけ早く生まれた、つまり、彼が生まれなければ彼の代わりに最後の子などと呼ばれるようになるはずだった、その鬱陶しい地位を退けるに成功したどこかの誰かは、誰なんだろう、と。
そう思ったら俄然興味が湧いた。目的もなく情報の海流を漂ってる場合ではない。
どうやったらそれがどこの誰で今どうしているのか、突き止めることができるのだろう。
彼はまだ子供だったが、正攻法で問い合わせを出して答えが返ってくると思えるほど幼い無知さは持ち合わせていなかった。かと言ってこの頃はまだ、ネットワークの中の隠された通路を見つける手段も、閉ざされた扉の開け方も習得してはいなかった。でもおそらくこの星に暮らす人間全部についての出生の記録位はあるだろうことを察する程度には知識はあったし、ならそれを探してみよう、そう決意するほどに退屈を持て余してもいた。
うちの中でひとりきり。
別に今に始まったことじゃない。
少年の親代わりの存在は仕事でいない。いる時間よりいない時間のほうが長い。はじめからいないのとたいして変わらない。もう慣れた。
もっと小さい頃には始終つきっきりで相手をしてくれるベビーシッターがついていたものだが、さすがにそういうのは鬱陶しく感じる年頃になってきて、避けるようになってしまった。第一、この手の使用人が長続きした試しがない。数ヶ月で入れ替わる人物に懐いてみても虚しいだけだ。そもそも、彼らは使命第一でここにいる。それが証拠に、一度職務から離れたもので、以降、彼を訪ねてくるものは皆無だし、連絡さえよこすことはない。
扱いの難しい子供。周囲が彼をそう認識していることは気づいていた。そうかと思うと、ますます彼は自分の内に殻を築いてしまった。
故にひとりきり。
屋敷内には人がいる。子守兼ハウスキーパーとして。たとえ彼が一人でいることを望んでも、監視の目は常に彼につきまとっていた。彼が、守られなければならない存在だったから。内外の、考えうるあらゆる危険性を考慮して、彼は見張られている。異常があればすぐそれと察知できるよう、館内にはカメラがあちこちに隠され、それを通じて警備のものが四六時中ついているのだ。
カメラそのものは存在感を出さぬように配慮されて、目に触れにくいよう様々に隠されてはいるのだが、その位置に一度気づいてしまうともう完全な無視はできなかった。
見ないようにしていても、どこかで視線を感じてしまう。
檻に閉じ込められているようだ。動物園という、かつて存在していた生物を鑑賞する施設の映像を見て、ある日ふと自分も同じだと感じてしまった。なんて息苦しいんだろう。
鬱陶しいので外に出たい。だが、行くあてがあるわけでもない。
外にでたからといって、監視の目がなくなるわけでもない。彼が気づかないよう配慮はされているし、最初こそそれと知らなかったけれど、外出の連絡を受けてSPがやはり彼を護るべく監視の目を向けている。それに、外にでると、監視ではないがそれ以上に注目される。
子供の少ないこの世界では、ただ小さいというだけで人目を引いてしまう。
それも隣に同じ子供の集団や、あるいはそばに立つ大人がいるならまだしも、子供一人だと際立って仕方がない。ましてや彼は、顔を広く知られていた。彼だと気づかれると、注目度が格段に上がる。家で監視されるよりさらに居心地が悪い。
同じ子供の友人と一緒なら、また違ったのかもしれない。注目は分散されるし、第一、友人の存在が彼の気を一番に引いてくれさえすれば、他者の目もここまで気にはならなかったかもしれないのだ。或いは、友人宅なら鬱陶しいほどの監視からは逃れられたろう。
けれど、彼にはそんなものいなかった。
先年、形ばかりは彼も幼年学校に所属することにはなったのだが、大人たちがこぞって特別扱いするのを敏感に察した子供らは、誰も彼も彼を遠巻きにしたし、彼の方でもそんな腰の退けた輩や媚を売るしか脳が無いような連中となど、つるみたくもなかった。
結果、彼は家に引き篭もっている。監視カメラに無視を決め込みつつも、どこか苛立ちを抑えきれないまま。
仕方ないので、手元の端末を弄って電脳空間を探訪する。いっそHMDでも装着したら、あの見られてる感覚も消えるのだろうか。そう思うけど、あいにくここにそれはない。仮想世界に長くいるのは良くない、とか何とかいう理由で取り上げられているのだ。あれが使えるのは学習時間のみ。なんともままならない。こんなつまらないことも自由にならない。
彼にできるのは、世界に背を向け無視を決め込むこと、それだけだった。
つまらなそうに、ニュースサイトを巡る。今日の分の学習はとうに済ませた。予習もだ。というか与えられたテキストはこなしてしまったので次を要求したら、軽く驚かれた上、「今日は十分に学習成果をあげられたのですから、あとはご自由に遊んで過ごして頂いて結構です。お疲れ様でした」とか言われたのだ。
遊ぶかわりにテキストをこなしていたのに。
手持ち無沙汰だ。遊ぶと言っても、何をしたらいいのか。コンピューター相手のゲームをしても、あまり楽しいと感じない。つまらない。使用人では話にならない。相手になってくれそうな人間は、夜中を過ぎても帰ってこない。つまらない。
だから、とりあえず手当たり次第情報を入手する。退屈と孤独を溶かしてできた穴ぼこに、片っ端からそれらを詰め込む。
そんな中開いたとあるサイトの時事ニュースにふと彼の目が留まった。
「――アルテア統合政府、子供のための記念日の制定を議決。これはかねてより議会に提出されていた案件であり、子供を尊重しその育成を助成することを目的としたもので、特に現在では存在しなくなった乳幼児の今後の確保に向けより一層努力・邁進するとともに、現在の若年世代にもその存在への認識を伝え希少さを実感してもらうことを目的としている。更に、現存する最若年の世代層への一層の保護と学習指導にも引き続き力を入れ――」
……現存する若年世代の中でも更に最若年の子供、というのが自分らしいという事は彼はとうに知っていた。だからこそ、こんなに自分の世界は監視の目で溢れているのだろうか、そう思う。
別に自分が欠けても、自分より先に生まれた中で一番後に生まれた誰かが自分と取って代わるだけのことじゃないか。それが自分であろうが、どこかの誰かであろうが、別段違いはないように思うのに、何でまた自分ばかりがガラス張りのケージで飼われる実験モルモットみたいに監視され、注目されるのか。理不尽だ。自分より小さい子供がいないからといって、いつまでたっても「小さなもの」扱いされるのも腹立たしい。
そのもやもやした感情を、彼はただ黙って飲み込む。
そこでふと、疑問が生まれた。
彼より少しだけ早く生まれた、つまり、彼が生まれなければ彼の代わりに最後の子などと呼ばれるようになるはずだった、その鬱陶しい地位を退けるに成功したどこかの誰かは、誰なんだろう、と。
そう思ったら俄然興味が湧いた。目的もなく情報の海流を漂ってる場合ではない。
どうやったらそれがどこの誰で今どうしているのか、突き止めることができるのだろう。
彼はまだ子供だったが、正攻法で問い合わせを出して答えが返ってくると思えるほど幼い無知さは持ち合わせていなかった。かと言ってこの頃はまだ、ネットワークの中の隠された通路を見つける手段も、閉ざされた扉の開け方も習得してはいなかった。でもおそらくこの星に暮らす人間全部についての出生の記録位はあるだろうことを察する程度には知識はあったし、ならそれを探してみよう、そう決意するほどに退屈を持て余してもいた。