ななつとせ
結果、それから日数を重ねつつも彼は持てる知識と技能を総動員して、初めて不正なプログラミング操作を行使し、行政の管理システムの一角に入り込むことに成功した。と言ってもまだほんの子供だまし程度で、その時は個人情報の取得にまでは至らなかったのだが、統計用の出生日データを閲覧することができたのだ。それによると、最後の出生を刻む彼自身のものである誕生日の日付の、僅か一ヶ月ほど前に生まれた者がいたことがわかった。
(たった一ヶ月違いじゃないか!)
それを知った時、彼はひどく憤った。一ヶ月程度の差で、この誰ともしれぬ自分と同じ年の少年は、他の子供らと同等の存在として市井に埋没し普通に暮らしているのだろうに、たった一ヶ月遅かっただけで自分は四六時中の監視と注目の中にしか存在を許されない。あんまりだ、と。
かつては一日に20万から生まれていたと知らない彼には、その一ヶ月の間出生がなかったことの異常性には目が行かない。彼を境にゼロとなった事の深刻極まりない危機さえも当人にとっては実感が薄い。
彼にとってはただ自身の置かれた状況の理不尽さが際立って感じられるばかりで、だからこそ、僅差で自身と立場を違えた存在に固執した。顔を見てやりたい、そう思ったのだ。会ったからどうなるというものでもないが、日々感じている、どこへも向けようのない漠然とした憤りの、手っ取り早い矛先だと無意識下で思ったのかもしれない。
このひと月ほど早生まれの少年の個人特定をするため、なおも彼はネットワークをかいくぐり情報を洗い出すことに専念し、その経緯でこの人物が現在住んでいる地域コードの入手に成功した。
折しもその日は、先日ニュースサイトで見かけた、アルテア政府が「こどもの日」と新たに制定したばかりの記念日、その栄えある第一回目の施行日だった。そして、その実質的な政策の一つとして、全国で、その当日――つまり今日――十歳以下の子供対象の発育・知育診断が地域ごとに行われる事になっていた。
子供らは地域ごとに一箇所に集められ、診断を受けるのだという。
その中に紛れ込めれば。
この手の公の行事なら、おそらく子供らは制服参加が義務付けられる。そしてこの世界で学童に与えられている制服は、地域によらず皆一様に同じ型だ。彼自身、同じ服を所持している。
それを着て集団に紛れれば、潜入は楽勝だと、そう思えた。
個人特定などいつでもどこでもその気になればできるが、個人の顔をさり気なく見るにはこれほどの好機はないかもしれなかった。
ほとんど衝動的に、彼はその地域を目指し外へ飛び出した。診断会場の場所や、個人特定は行った先でやればいい。
外出を察した警備の指令でSPがさりげに彼の後を追う。
監視も注目も、今の彼にはさほど気にならなかった。個人用遠距離ポートは本来申請が必要だが、システムをだます小技を覚えた彼はそこに強引に割り込み、対象地域に向け座標をセットすると、転移ポートの上に立った。転移システムの使用はこれが初めてではない。彼の保護者と同伴で幾度か使っているから使い方に迷うこともない。
照射される粒子を浴びて、体内がざわつく微弱な違和感と、一瞬の砂嵐のような視覚の遮断の後は、転移先の、どこもあまり代わり映えのしない転移システムのターミナル風景が見える。
はずだった。
だが砂嵐に閉ざされた視界が回復した時、その眩しさと溢れかえる鮮やかな色に、予想もしなかった彼は言葉を失った。