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休暇

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一大作戦後の長い休暇も残り少なくなったある日のことである。
「しお、明日の休暇、ヒマか」
アダムからの唐突な問いかけに、しおはきょとんと返した。
「え、あ、うん…特に予定はないけど」
そんな様子を黄緑の目が穏やかに眺める。いつもの鋭い雰囲気は何処かにしまってあるようだ。
年相応の声が告げる。
「なら、買い物でも行くか」
「買い物?」
「地上(した)に長時間いられるなんてことも滅多にないからな。見られるうちに見とくのも悪くないないだろ」
言われて、しおの頭の中をミリタリー的な色々が通り過ぎた。
悪くない。
「うん!行く!」
元気よく頷いたしおに、そっけなく「んじゃ、明日な」とだけ残してアダムは自分の部屋に戻って行った。
翌日。
「うわー、うわー」
目を輝かせたしおが張り付いたのはレプリカアーミーグッズの揃う店。
それを完全に呆れた顔で、白人にしても色白すぎる顔が眺める。
「お前…ほんっとーにジャパニーズ・オタクって奴なんだな」
「えへへ~すいませーん」
嬉しくてテンションが上がりすぎ、恥じる気持ちもどこかに飛んでいる。
「わー!これ超レアもの!うわーうわー」
はしゃぐ姿の隣から、ふいに意外な言葉が響いた。
「買ってやろうか?」
もしかしたら短い人生の中でついぞ両親以外から聞いたことのないような台詞に、しおは目を見開いた。
そのまま慌ててあわあわと両手を振る。
「いっ…いいよ!高いし」
「…そうか」
いつものように愛想なく短く返ってきた返答に、でも何となく覇気がない気がした。
どうしたんだろうと横を見上げると、のぞき込んでいたアダムと至近距離で目が合った。
どきん、と心臓が高鳴ったのはどちらの音か。
そのまま二人は固まったように停止した。
先に口を開いたのはアダムの方。
「どうした」
「うん…」
惚けたようにしおは告げる。
「アダムの目って…宝石みたいだよね」
瞬間、凍結していた場の時間が動き出した。
「はぁ?何言ってんだおまえ」
珍しく、やや狼狽した声が返る。裏返らなかったのが奇跡だということはしおには伝わらない。
「え、いやあの、だって珍しい色だし」
せいぜい何かおかしなこと言っちゃったかな、と気が引けているくらい。
それでも
「…綺麗だなーって」
思ったことを素直に口に出して、にかりと笑った。
その頬がほんのりと赤くなっている。
「あー…そうか」
「って、それだけ?」
「他にどう言えってんだよ。んなことより、つぎ行くぞ」
「えっ、待ってよー」
まだ見たいのにー…と続けようとしたしおは、はっとした。
軍仕様のそっけない鏡にちらりと映った白っぽい銀髪の白い顔。
頬の辺りがかすかに赤い。
それを見た瞬間、しおの顔が真っ赤に染まった。
ついで
「ぅえへっ」
思いきりにやけて、律儀にドアを押さえて待っているアダムに追いつく。
「ね、アイス食べたい」
少し大胆になったところではっとした。
もしかしてしなくても、これってデート?
「そうだな、喉も渇いたしな」
同意したアダムの横で思わず固まる。
「あ?どした?」
「な、なななんでもない」
一旦下を向き、もう一回思い切りにやけてから、それでも収まりがつかなくてしおは満面の笑顔でアダムを見上げた。
「いこ!」
笑顔をうけて驚くように見開かれた垂れ目がちの目は、やっぱり綺麗な黄緑色で。
それが優しく緩んだ。
「行くか」
そうして移動したオープンテラスのパラソルの下、二人は仲良く腰掛けた。
しおはジェラートを満足げに口にし、アダムはアイスコーヒーのストローを咥える。
「美味しいー」
おごってもらったからか、ひときわ美味しい気がする。
「良かったな」
滅多に聞けない優しい声に、瞬間的に火がついてしおは顔を赤くした。
「う…うん」
うつむいて、ついでにさっきから視線の端々にひっかかっていた男女間の現象が本格的に気になって、そわそわと落ち着かなくなり始める。
溶けるジェラートを口に運ぶ度に、真正面に陣取ったアダムをちらちらと見上げてしまい、当然、それはすぐに気がつかれることとなり
「なんだ」
不思議そうな声に、しおのうなじの毛が一瞬逆立った。
「うっううん」
慌てて否定する。
「そうか」
わかってはいるが、何となく腑に落ちなさそうな様子を、しおはやっぱりちらと見上げ
「あのな」
声を荒げられる結果となった。
「ひっ」
瞬間、肩を踊らせた所に、やや固くなった声が降ってくる。
「どうした、俺の顔に何かついてるのか。それとも、見とれたか?」
「いやいやいや、違うよ!そうじゃなくて、え、いや、回り…ていうかなんかそんな雰囲気が…っじゃなくて、えーと…」
気になって仕方がないことがあって、聞きたいことも色々あるけれど、今は何よりなんというか。だから、けっして催促とかじゃなくて、うわぁぁ何考えてるんだ私。そんな風にしおの頭の中がパニックでぐるぐる回り出す。
直後に続いた、そこはそんな全力で否定すんなよ、というアダムのぼやきは当然耳に入っていない。
だから、今にもショートしそうな頭が限界に達して、ついつい勢いで言ってしまう。
「きっ…き…キス…! とかしないのかなって!思って!」
瞬間、コーヒーが華麗な霧となって宙に舞った。
口元を腕で拭い明らかに慌てた様子でこちらを見るアダムの視線が痛い。
「おま…」
「あわわ!や、だからあの、別にして欲しいとかそういうしんじゃなくて、そんな雰囲気…ってこともなくもないかなー…なんて、あははー」
更に加速したパニックっぷりであわあわと慌てたしおに聞こえる、はーっ…と大きなため息。
かとおもうと、いきなりアダムが距離を詰めた。
期待と緊張と羞恥に固まるしおの目の前で、動きは止まる。
顔が、近い。
さっきまで穏やかだった黄緑の片目に、獲物を狙うときのような鋭い光が宿っている。
吐息が肌をくすぐる。
ぴく、と、肩を奮わせたところで
「…これだけ見張られるてる中でか」
急に現実に引き戻された。
基地内と違い、不測の事態を防ぐため、自分達の周囲はSPが警護している筈だ。
こうして見回しても誰がそうだかはわからないが、何人もが自分達に注意を向けているのは確実である。
「…だよね…」
ついつい回りの雰囲気に当てられてしまったが、確かにこれだけの衆人環視の中で…というのは上級者すぎるし恥ずかしすぎる。
そこまで考えて、しおは残念ながらも何処かほっとした気持ちで肩を落とした。
その様子を真っ直ぐ黄緑の目が見つめているのには気がつかなかった。
何だかんだで楽しんだ後、食事までおごってもらってしおの気も晴れた。
上機嫌で部屋まで贈ってもらう姿がうきうきと弾むようで、端から見たらなんとも微笑ましい様子だ。
「じゃ、今日はありがと」
ホテルの自室の前で珍しくすらすらとお礼まで言えて、よし、完璧、としおは満面の笑みを浮かべた。
だからドアを開けたところで、そんな不意打ちが来るなんて要素もしていなかった。
「しお」
「なぁに?」
呼ばれて振り向いた途端、視界がふさがった。
唇に覚えのある感触。
目を見開いて固まっている間に
「じゃあな。おやすみ」
ものすごく良い笑顔をしたアダムの顔がドアの向こうに消えた。
閉まる音と同時に腰が抜けて、ぺたんと床に座り込む。
作品名:休暇 作家名:股引二号