【相棒】（二次小説） 深淵の月・嘘つきピエロ
深淵の月・嘘つきピエロ
「私ねえ。」
その美しい女性は笑いながらこう言った。
「神戸さんの事嫌い。」
にっこりと、それは美しくあでやかに、大輪の花のように笑ってそう言ったのだ。
「あなたが嘘をついているから。」
彼女はそうも言った。
「絶対についてはならない嘘を。」
下から見上げる視線はそれだけで刺されると思った。
「誰も彼も騙せると、本気で思ってる？」
ふふ、と微笑む花。出会って２分のこの台詞に、俺は心底ゾッとしたのだ。
俺はその時、特命係に来たばかりだった。唯一の上司を成田に迎えに行って、とんでもない事件を解決してそう日も経ってない頃。大河内さんの知人、と紹介された彼女は彼ととても親しいようだった。色恋じゃないなってすぐにわかるのは俺の経験値のせいだけど、一般警察官だと絶対に勘違いするほどには親密。どういう知り合いなんだろう、と思っていたら大河内さんが携帯で席を外した隙にそれを言われた。はじめましての次に。
「あなた、潰れるわよ。」
「なに…」
「あなたはその嘘をつく事、納得してないんだもの。」
「俺が嘘をついてるって、なんで君にわかるの。俺は別に」
「言い訳なんて要らないし嘘を守る為の嘘も要らない。」
きっぱりと看破されて口をつぐんだ。
「あなたが潰れるのもどうでもいい。だけどその嘘、いずれやめてもらうわ。」
「なんで。」
笑ってかわした。たかが女子大生に言われる筋合いじゃない。
「春樹くんを傷つけるからよ。」
絶句した。
「春樹くんがあなたの事をとても大切にしてるからよ。」
「なん…」
「あなたが嘘をつき続ける限り、いずれあなたと春樹くんは対立するわ。その時にあなたは彼を傷つける。そりゃあ再生不可能なくらい、徹底的にね。」
ふふ、と笑って一歩を踏み出す。俺は身動きが取れなかった。
「…春樹くんを傷つけるなら、遠慮しないわよ。私…。」
すいと俺の胸元で囁いた言葉。冷たい息を感じた。
「…ずいぶん入れ込んでるんだ。大河内さんに。」
茶化してかわそうとしたのは殺気までも感じたからだ。
「下世話ね。」
バッサリ斬られたと失策を悟る。
「本来のあなたは、そんな人じゃないのに。」
カアッと怒りが湧き起こった。
「たった今会ったばかりの君に言われたくないね。」
そう怒りのまま続けようとしたら彼女の唇が開いた。
「「君に俺の何がわかる？」」
愕然とした。ハモった事実よりもそんな子供じみた台詞を言った自分自身に。
「平気。まだ間に合うわよ神戸さん。」
「きみ…」
「組織なんてクズよ。」
目を見張った。女子大生の言う台詞でもなければ女子大生がそんなに実感込めて言う台詞でも決してない。
「それとも飼い慣らされたい？神戸さん。」
彼女が顔を上げた。相変わらず微笑んで、似つかわしくない言葉を紡ぐ。
「誰に？」
再び絶句した。
「今のあなたのままでいたいなら止めないわ。私は春樹くんを守るだけ。」
そう言って見上げてきた彼女はこの言葉で俺に死神の鎌を振り下ろしたに等しい。
「公安の犬からね。」
俺はどんな顔をしていたのだろうと未だに思う。
「今ならまだ引き返せるわ。どうして警察に入ったのか思い出してよ神戸さん。」
「…。」
「春樹くんを裏切らないで。」
彼女はもう笑っていなかった。
「私に、あなたを傷つけさせないで。」
眩暈がした。このままだと俺が大河内さんを傷つけると、彼女にはわかっているかのようだった。
「…けど、あなたが嘘をやめて、」
ふ、と微笑んだ彼女。くるりと向きを変えて元の手すりにもたれる。
「本来のあなたに戻ったら」
「…え？」
「わたしあなたのこと、神戸さんじゃなくて“カンちゃん”って呼ぶわ。」
にっこり。
はあ？ と顔に出ていたらしい俺に声をたてて笑い、彼女はさらさらの黒髪をかき上げた。
「友達っぽいでしょ？」
クスクス笑うその顔は二十歳というにはとても幼かった。
「…一年…経ったんだよなあ…」
あの日に言われた事を思い出し俺はぽつりと呟く。
「はい？」
隣の杉下さんが見上げてくる。
「…いえ。ちょっと、思い出してただけです。」
にこりと笑った俺は素顔のままだ。あなたの側にいられる事、大河内さんと未だ友人でいられる事、全てに意味があるのなら、あの半年も俺にとっては必要だったのだろう。そう思えるのは時折胸に響く言葉を言ってきたこの女性の存在もあるのかもしれない。待ち合わせの場所に着けば彼女の友人（？）、嵯峨崎仁もいた。
「カンちゃーん、こっちー！」
綺麗な黒髪を揺らして手を振る。二人とも笑っていた。ちょうど一年前に言われた通り彼女と仁くんは俺の事をカンちゃんと呼ぶ。下町みたいなこの呼称が実は俺は気に入っている。決して本人達には告げないけれど、呼ばれる度に心地良いのは確かだ。
一年前と変わらない笑顔。
その女性の名を桐生院怜と言った。
End.
2011.10.16.
作品名：【相棒】（二次小説） 深淵の月・嘘つきピエロ 作家名：イディ