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【相棒】(二次小説) 深淵の月・兄貴の条件

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その時、瑞穂が笑った。泣きながらその涙も拭わず、けれど輝くように、笑った。

 本当に美しいと思った。これこそ女神だと男は思った。なんだよ、と内心で呟く。俺、とっくの昔に手に入れてんじゃねーか。俺だけの女神ってやつを。

 廊下を歩きながら警務官がぽつりと言った。独り言のように。
  「出る頃には親父だな。」
返事は返せなかった。会話は禁止されているから。
  「…がんばれよ。」
“はい。” 男は心の中でしっかりと返事をした。涙が溢れてあふれて止まらなかった。世界が変わる、あの怜という女の子が言った事は正しかった。俺が変われば世界は変わるんだ、そう初めて理解できた。

    『ありがとう。』

上を見上げ男は何かに向かって礼を言った。あらゆる人にあらゆる過去に、この世界の、あらゆるすべてに。











Out Side



 男が逮捕されたその日、新宿の住宅街を歩きながら桐生院怜と嵯峨崎仁が言ったこと。

  「なあ、あのにーちゃんに憑いてたんどないした?」
  「ああ、蒼太くん以外はさっき頭どついた時に全部抜いた。とりあえず“引っ括って”そこにいてる。」
  「つーかまた、ぎょうさん連れてたんやなあ。」
  「そらイライラもするっちゅーねん。」
  「組事務所で拾いまくっててんやろこれ?」
  「それだけとは違うんちゃう?あの事務所の場所もそんなに酷いもんちゃうし。」
  「まーあの鬼椿のあった場所に比べりゃーなあ。」
  「どっこもお花畑やっちゅー話や。」
あはははは。
  「で?どないする?あのにーちゃんの組、なんつーたんかいな」
  「角菱会やろ。」
  「ツブす?」
  「まー掃除は要るやろ?」
  「せやなあ。ちーっとでこうなりすぎやんなあ。」
仁の言葉に怜はくるりと背後を振り返り、他の多くの人間には見えないが見る者によっては見えるおどろおどろしい団体を眺めて親指で指した。
  「こいつらも返却したろ。元のトコに。」
  「ああそうや!イタミンの腰についてたねーちゃんも一緒に送ったったらええやん怜!」
  「あーそやなあ。」
ぽむ、と手を叩く。伊丹に出会った頃彼は腰痛持ちだったのだが、その“原因”を怜と仁は知っている。というか“捕獲”している。
  「それええわ!組長さんとこにストレートに贈ったろ♪」
  「うわえげつな!死んでまうで組長!」
  「かめへん、女の恨みもかわせんような奴やったらどのみち長うないわ。シャブと売春でこれまでどんなけ女泣かしとんねんって。」
  「それもそやなあ」
  「そういや角菱会って金にどぎついって有名やんなあ?」
  「ほんだらこないだの、お前がしょーむない男達に付き合わされた心霊スポットにいてた奴ら、あいつらも一緒に送ったろか?」
  「あっ、それええわ!正に“金の亡者”の団体さんやもんなあ!むっちゃ馴染むであいつら!」
  「いやなじむて。」
あはははは。 なんだか宇宙の会話のようだが怜と仁にとってはこれが日常会話なのだ。「見える聞こえる」怜と「聞こえる」に特化した仁。二人が大阪の道場で六年間も“修行”していたのはこの“体質”を自らコントロールする為のものだったのだ。特に怜は「桐生院」という「家」の事情が絡む分その訓練は体術を含めて凄絶を極めた。幼い頃は「取り憑かれる」も加わっていた怜は虚弱な体だった為更に過酷だった。二人は同志であり盟友であり、そしてもう一つ、不思議な関係で結ばれていた。
  「仁のことやからもう角菱会の周囲に結界張ってんねやろ?」
  「おー、とりあえずイタミンから聞いた時に行っといた。いつでも送れんで。」
  「ごめんなあ、私があの日使いもんにならんかったよって。」
  「ええてー、かめへん。ほなやろか。」
次の瞬間、見える者が見たなら二人の背後から立ち上る何かが見えた筈だ。ゴウッと唸りをあげて何かが走り抜けた、凄い早さで。そしてそれは新宿の住宅街から一直線に角菱会の組事務所へと向かって行ったのである。



 それから半年も経たない内に角菱会は潰れた。手入れがあったわけでも“でいり”があったわけでもない、消滅したのである。砂の城が水びたしになってぐずぐずと崩れるように、やがて対立していた別の組に“ちょっかい”を出された頃には完全に極道の体を成していなかった。四年前に関西の広域暴力団「鬼椿組」をたった二人で討ち入った末に壊滅させた高校生達が今度は関東の組を壊滅させたと知っているのは、あと半年で刑期を終えて父親になるあの元組員だけであった。



End.




2011.10.30.