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【相棒】(二次小説) 深淵の月・兄貴の条件

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  「…あいつな。」
  「?」
  「俺が怪我とかさせられっと、キレるんだ。あいつ。」
  「はあ?」
目をぱちくりさせて男は伊丹を見た。なんともバツの悪そうな顔でまだ見える二人の後姿を見送っている。
  「俺とは何の関係もねえ子なんだが、なんか、気に入られちまってな。」
  「はあ。」
  「理想のお兄ちゃん、とかぬかしやがってちょろちょろまとわりついてくる。一緒につるんでる仁までそうでよ、いつの間にかどっかしらの側にいる事に馴染んじまった。」
  「…。」
  「おめえの瑞穂って子もそうだろが。」
男がじっと伊丹を見つめる。その瞳は澄んでいて、ああこれならこいつは大丈夫だと伊丹は思った。
  「だから。その瑞穂って子のために、全部話せ。」
  「瑞穂…」
  「あの子、泣いてたぞ。」
びくっと竦んだ。伊丹を見つめる目に何かに縋りつきそうだと思った。
  「お前の言う事がどれだけ突拍子もない事でも聞くは聞いてやる。もちろん裏を取ってそれが真実かどうかもちゃんと調べる。俺達はそうする。お前の言う事が全部嘘だなんて決め付けたりしねえ。だからちゃんと話せよ。何もかも、嘘偽りなくだ。いいな?」
  「…。」
男は暫く伊丹を見つめて、やがてこくりと頷いた。大きな体が不似合いなほどの、少年のような印象だった。


 車で警視庁に向かうさなか、男はぼんやりと考えていた。自分のこれまでの事、これからの事。あの子が何故蒼太の事を知っていたのか不思議でならないがその事自体はどうでもいい事のような気がした。蒼太が怒っていないこと、自分を心配していたということが何故だか心の奥底ですとんと納得出来てしまったからだ。あいつは優しいやつだった、いつも転げまわって遊ぶ俺の生傷の心配ばかりしていた。
 そして瑞穂のこと。本当に何かが変わるのだろうか、それはこれから聴取を受ければわかるだろう。男は覚悟を決めた。全部、真実だけを話そうと。泣かせてばかりの、瑞穂のために。
 車窓を眺めて考える。怜と仁という不思議な二人連れの事を。さらさら髪のおっそろしいほどの美人と天パの茶髪の男の子。ヘンな取り合わせだと考えてふと何かの引っ掛かりを感じた。
  『…ん?』

    さらさら髪のおっそろしいほどの美人と、天パの茶髪の男の子…?

あれ? なんだかその餌にでかい獲物が釣れた気がして男は手錠の手を額にあてて考え込んだ。必死に記憶を辿ってそうか関東じゃなくて関西だとハタと気付いた。そしてゾッとした。慌てて横に座った伊丹の腕を掴む。
  「っておい!ちょっと待て!」
  「なんだようるせー。」
  「いや刑事さん、あんた四年前の、大阪の鬼椿組壊滅事件って知ってっか!?」
  「あー?知ってるけど、それがなんでぇ。」
  「おいおまえ。」
反対側の隣に座っていた三浦が口を挟んだ。
  「…言うんじゃねえ。」
  「は!?」
  「なんだよ三浦さん?あの鬼椿組の一件、なんかあんのか?」
  「いやなんもない。“なんにもない”。」
三浦の男を見据える瞳が言っていた。“何も言うな。”
  「………。」
ごく、と生唾を飲み込んで男は頷いた。二人の様子に伊丹と運転している芹沢は不思議そうな顔をしたがすぐに興味を失くした。
  『マジか…!!』
やべえ、ホントにやべえ。というかチャンスかもしれない、俺が極道をやめる、本当に最初で最後の。
 男は新たな瞳の輝きを宿した。それを見て取って三浦が微笑む。やがて車は警視庁に着いた。


 男の証言は確かに突拍子もなかった。なかったが伊丹達捜一トリオは慣れていた。特命係が過去に掘り起こした関わった暴き立てた真実はそれに負けないほど素っ頓狂だったからだ。裏取りを進めるさなか杉下右京と神戸尊が持ち込んだ新事実で更に事件は急転直下、五人もの組員を惨殺した真犯人は高飛び寸前で逮捕出来た。この小柄なオッサンと日本人形みたいな優男が、シンパンノメガミの使い?と呆ける男に向かって杉下と神戸は微笑んで言ったものだ。
  「おめでとう。あなたの容疑は住居侵入と器物損壊が三件、そして伊丹刑事達への公務執行妨害だけです。」
  「まあ起訴猶予は難しいだろうけど。長くて二年くらいだよ、クサイメシってやつを食べて更正しなさい。」
にっこり。
嬉しくねえ、と男はむっつり顔で女神の使い達を睨みつけたのだった。やっぱこの世に女神なんざいやしねえと。

 拘置所に移送され最初の面会で佐原瑞穂が来た。どこか青白い顔で言葉少なだった。もう俺の事は嫌になったんじゃないのかと、さすがの男もそう思った。だから時間ぎりぎりまで話は弾まず、もう別れの時間だと思った時男の口が自然に開いた。
  「…あ」
  「…え?」
  「あ…あ、あ…りがと、な、瑞穂。」
 そのたった一言に彼女は呆然とし、やがてぼろぼろと涙を零した。ぎょっとして男は思わず腰を浮かせる。
  「お、おい瑞穂?なんだよどしたんだよ、具合悪りィんじゃねえのか!?」
  「おい、騒ぐな。」
窘める警官に男は仕方なく腰を下ろす。瑞穂はやはり泣いたまま、顔を上げようとしない。
  「あ…、あなた、そんな事、言ったことないじゃない…!ひどい、こんな時に…!」
  「な、なんだよこんな時って!」
  「わたし、堕ろそうと思ってたのに!」
  「ハア!?」
素っ頓狂な叫びは本当に理解出来なかったからだ。オロス?おろすってなにをどこに。
  「…………………おい。」
やっと気付いて男が逆に蒼白になった。
  「おま…まさか…」
  「…三ヶ月なのよ…もう、三ヶ月になっちゃったの。わたし、どうしたらいいか、わからなくて…」
  「わかんねえってなんだよ!つーか堕ろすってなんでえ!!」
  「あなたが何も言ってくれなかったからよ!わたしの事なんてどうでもよくて、わたしは邪魔で、うっとうしくて、あなたにとってただの通りすがりだとしか思えなかったからよ…!!」
愕然とした。まさか瑞穂が自分との関係をそんな風に思っていたなんて考えた事もなかった。男の後ろで担当警務官がやれやれと首を振っていたのだがもちろん男にはわからない。泣き崩れる瑞穂に男は拳を握り締め、己自身の愚かさを痛感した。
  「…っザケんなよ瑞穂…」
  「…え…?」
  「おろすとかそんなの、ぜってえ許さねえからな…!もし、もしそんな、そんな事しやがったらてめー」
ごく、と男の喉が鳴った。言え、早く。もう時間がねえんだから!
  「けっ!けけ結婚して、てめーの事離さねーからな!バッケヤロー!!」
かあああっ!と顔を真っ赤にして耳まで沸騰させて男は告げた。目をぱちくりさせている瑞穂のこんな顔は初めて見たし、とても綺麗だと男は思った。が。
  「…おろさないと、結婚してくれないの…?」
かく、と男の肘が折れた。おい、と声をかけられて男が振り向く。警務官が自分の腕時計をトントンと叩いてにっこり笑った。ぱか、と口を開けてしかし我が意を得た男はもう一度ごくりと唾を飲み込み瑞穂に向き直った。
  「お…俺の子供、うう産んでくれたら…結婚だけじゃねえ、お前も子供も大切にして、一生、ホントに一生、大事にする…!」
  「……。」