【相棒】(二次小説) 深淵の月・わたしの人形はよい人形1
「松宮遙のアトリエはどこ?自宅とは別なの?」
「…自宅…のなかに…アトリエ…」
「そう。じゃあそれはどこ?思い出して。」
「…… 」
接続(アジャスト)された怜の指を伝わり画像が転送されてくる。運転席の画像だ。上原自らハンドルを握り松宮のアトリエに向かっている。高速道路の光景だった。案内板がG県の表示を出していた。そこから高速を降りてどこか山間の道へ入る辺りまで早送りのように進めた。その間に仁が静かに立ち上がる。パタンと応接を出て受付嬢の所に向かった。
「…なるほど。随分山の中なのね。」
「だれにも…会いたくないと…」
「でしょうね。誰かに訪ねて来られちゃたまんないわ、これじゃ。」
言葉が毒々しくなった。ああ我慢できない、と怜は思う、一刻も早く神戸を助け出したい。そしてこの松宮遙をブン殴りたい。心を占めるのはそれだけだった。
「…社長さん。あなたの記憶少しいじるわ、ごめんなさいね。私達の会合が穏便に好意的に済んだって事にしときたいの。あなたに迷惑がかからないようにする為でもあるからそこは勘弁してちょうだいね。」
「はい… 」
「怜、あっちもええで。コトが起こったらこの人らも松宮の被害者んなってまうからな。」
「わかった。」
接続したまま怜は上原の脳の中の意識野に入り込んだ。偽の記憶を吹き込み二人が出て行くまでの偽画像を貼り付けた。そっと指を離して仁が手渡した新人画家の身上書をテーブルの上に置く。立ち上がり、怜と仁は静かに柳善堂を後にした。
「怜、G県のどこや?」
「ずいぶん山ん中。道案内はするわ、一緒に見ながら行って。」
「わかった。」
「柘榴、行こう。」
怜の呼びかけに駐車場の看板に乗っていたカラスがバサバサと羽ばたいた。助手席に乗り込んだ怜の膝に留まり、黒い鳥は静かにその翼をたたんだ。
〈早くしねえとあの別嬪もきょうこって姐さんもあぶねえぜ。〉
「わかってる。仁、高速は飛ばして、桐生院(ウチ)に連絡入れるから。」
「おう。あんじょう頼むわ。」
ブルン、と車体が震える。エンジンをかけると同時に仁はサイドブレーキを下ろした。銀座の街は洒落た装いを崩さずつんと気取って二人と一羽を送り出した、自分達には何の関係もないと言わんばかりに。怜は携帯から様々な根回しをしつつ神戸の事を思った。彼が卑劣な犯罪者に目をつけられたのは何故だろうと思っていたのだがそれが上原の記憶からわかったような気がしたのだ。怜はあの綺麗な神戸の笑顔を思い出していた、たぶん間違いなくキョウコという女性も美しい顔立ちだと思った。原因の全てはその「美」という一文字で表せてしまうものだったのだ。
仁と柘榴に言えばおそらくかなりの確率で「しょうもない」、「けったくそ悪い」と返るだろう。けれど怜は自らもその顔立ちのせいで少なからず嫌な思いをした事がある。だからこそわかるのだ、その美貌に対する他者の執着がいかほどのものか。神の気まぐれとしか怜には言えないのだが、それを持つ者持たざる者の心情は各々だ。桐生院怜には美貌の顔立ちやモデルのようなプロポーションも何の意味も無い。それを恩恵とも特権とも思えないからだ。怜は実にタチの悪いモノを身の内に飼っている。それを振り払えるのなら人からは恵まれていると指を指されるそのどちらもかなぐり棄てて熨しつけてくれてやる。だから怜には体に関して実に奇妙なコンプレックスを持っている、しかも重度の。その怜は松宮遙の卑下する代物が何なのか測りかねる。本人は一瞬垣間見ただけでもはっとする程に麗しい美貌なのだ、中性的で不思議な魅力を放つ、一種独特の顔立ちだった。その松宮がなぜ更に美しいものを手元に置きたがるのか、なぜそれが生きた美しい人間なのか、怜にはわからなかった。まっとうで健全な精神を持っている怜だからこそわからないのだった。
柘榴の背を撫ぜながら怜は考える。片目しかない痛々しく引き攣れた傷を持つ鳥はこの人間の気持ちがわかるだろうか。綺麗だとかイケメンだとかいうよりも少年のように輝く“かわいい”顔立ちの仁。人間的な魅力で人を捕らえて離さないこの盟友は松宮遙をどう思うのだろう。前を見据えて怜は神戸を想う、もしかしたら彼にも以前自分と似たような経験があったのかもしれないと、ふと気付いた。
神戸が連れ去られた理由、それは間違いなく「日本人形のような神戸の美貌」だった。
2011.11.12. - 2011.11.25.
作品名:【相棒】(二次小説) 深淵の月・わたしの人形はよい人形1 作家名:イディ