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【相棒】(二次小説) 深淵の月・わたしの人形はよい人形2

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「…うわ…。」
  「なんちゅうトコやこれ…。」
 バタンとドアを閉めて開口一番そう言った。二人揃って顔をしかめあまりの澱みに吐き気をもよおしたが、それは多分桐生院怜の肩に留まったカラスも同じだったろう。ぶわっと一瞬で体を膨らませ翼を広げたその様はどこか怒りさえも孕んでいたからだ。松宮遙の自宅兼アトリエはG県のかなり山奥で、走り屋に鞍替え出来そうな嵯峨崎仁のドライビングテクニックを以ってしても手こずるほどだった。なにしろ道が悪い。ひっきりなしにバウンドする車体に柘榴が反射的に羽ばたいてしまい、仕方がないとはいえ余計に時間がかかった。四駆への買い替えを二人が真剣に考えたのは言うまでもない。
 やがて唐突に開けた場所に出て、早朝に見たあの一軒家が現れた。目にした瞬間罠の中に自ら入り込んだのを悟ったが、元よりそれは望むところ。二人と一羽は自らのガードレベルを最大にして敵地へと降り立ったのだった。
  〈とっととあの別嬪と姐さんを助け出して、こんな辛気臭ぇヤサとはおさらばしやしょうぜお二人さん。〉
  「「同感。」」
ざく、と一歩を踏み出した時怜の携帯が鳴った。液晶表示は伊丹。タイミング最高、と笑顔で通話ボタンを押せば伊丹の般若顔がそのまま浮かぶ怒号が響いてきた。
  『くぉら怜!おめー今どこだ!まさか松宮遙の家に向かってるとか言うんじゃねーだろうな!!』
  「憲兄(けんにぃ)さすがやなあ、今自宅に向かう山ん中入ったとこや。」
しれっと言ってのけた怜にまたひとしきり怒号。仁も笑って微妙な誤差を告げる怜の言葉を聞いていた。後で辻褄を合わせる為の必要不可欠なタイムラグである。
  「あのお姉さんちゃんと話してくれたんや、良かったあ。」
  『つーかマジでタケルの奴そこにいるってのか!?』
  「うん、間違いないと思うわ。きっちり目撃者いてんねんもん、あのお姉さんがウソ言うてどないするん。私と仁とカンちゃんと、三人で撮った写メで確認してんよ?カンちゃん見間違う人なんかいてへんやん、あんだけ別嬪さんやのに。」
目撃者。これが怜たちがさきほど仕掛けた“根回し”である。怜と仁の「能力」で察知された危機はかなりの確率で警察が介入する事件へと発展する。その場合如何にして怜たちがそれを目撃・発見・追跡したのかを他人へはとてもじゃないが説明のしようがない。今回の事を例にとっても神戸尊が拉致された状況を誰にどう言えばいいのか、そもそもの発端を二人は誰にも説明出来ないのだ。だからこそそういった際に桐生院側から「裏の根回し」が数々行われる事になる。今回準備されたのは「善意の目撃者・且つ通報者」であった。曰く、“はい、ゆうべ偶然見ちゃったんです、すごく綺麗な男の人が何か薬をかがされて車に連れ込まれるのを。それがその連れ込んだ人の方が、私の大好きな人形作家の松宮遙さんだったんです。私とっても信じられなくて、今朝まで一睡も出来ずに警察に言うべきかどうかずうっと悩んでたんです……” 云々。
  『つーかなんでおめーらはそう事件に行き当たるんだよいつもいつも!!』
  「だからたまたまや言うてるやん、午前中に松宮遙の個展行くいうのんはそもそも今日の予定やってんもん。」
  「ほんだらあのお姉さんがごっつい切羽詰ったカオして会場前にいててんよー、イタミーン。」
通話口に顔を寄せて仁がフォロー。運転している筈だから俺はこんだけや、と笑った。
  『たくもう…おい、松宮遙の住所言え!』
  「ん、わかった、メモよろしか? …あんな、G県T郡…」
すらすらと現在地の住所を告げて仁を見る。繋がっている怜の相棒は闇の家を見上げていた、他の人間には聞こえない声を聞いているかのように。厳しい表情にあまりいい情報は貰えそうにないと怜は覚悟した。
  『いいか怜、おめーら俺達が行くまで絶対に中には入るなよ!外に待機してろ!いいな怜!!』
  「んーなんかよう聞こえんなあ、憲兄ごめんなあ、山ン中やから電波届いてへんみたいやー。」
  『ってこっちゃクリアに聞こえてんだよそらっとぼけんじゃねえ!怜!こら怜!!』
  「あーアカン、いっちょん聞こえへんわー、ほな憲兄またあとでなー。」
ブツン。容赦なく通話を切ってあまつさえ電源も切った。これからの展開に電子音はただ邪魔だからだ。仁を見ればとてつもなく悲しげな顔。怜を見つめて“囁いた”。その“言葉”に怜の瞳が見開く。二人同時に瞼を閉じ、祈った。束の間の静寂に柘榴が羽ばたき玄関ポーチに留まる。やがてく、と顎を上げ怜は玄関を見据えた。朝意識の中で叩き壊したドアはもちろん完全な姿のまま存在していた。
 だから「本当に」ぶっ壊した。

    “ バキッ!!!”

右足の蹴り一閃、怜が玄関ドアを蹴り破った。左の軸足を微動だにさせずひゅんと右足を水平に振って戻す。砕けたドアの向こうに朝と同じ廊下が伸びていた。
  「柘榴。あんたは外頼むで。」
  〈承知の助でさ。〉
  「プレッシャーかけてかけてかけ倒したって。」
  「遠慮も制御もいらんで柘榴。」
静かな怒りの炎が燃えていた、怜と仁の二人の間に。柘榴は金色(きん)の右目でそれを見つめ、ばさりと漆黒の翼を広げた。空へと羽ばたき屋根に下りる。そして眼下の澱んだ家を見据える。白い左の傷痕に、何かが集まってきていた。

 玄関から中へ踏み込み、怜と仁は遠慮なく土足で廊下へと上がった。朝に見た景色と同じだった。玄関の脇に階段。この家は二階建てで、どちらかと言えば単身者ではなくファミリー層向けの建屋だった。内部の装飾も小学生の子供がいるお宅といった雰囲気。奇妙だった。ここには松宮遙しかいないからだ。手作りのコットンのリース、ドアノブのチェックのカバー。手芸好きのお母さんが自宅を飾っているかのようである。廊下の奥にある洗面スペースにはご丁寧に「TOILET」のプレートが取り付けてある。懐かしい、と二人は思った。なんというか一昔前の感覚なのだ。だから見てくれだけは居心地がいい。田舎の親戚の家に遊びに来たような錯覚に陥る。しかしそれを阻むものが至る所に有った。人形だ。あの無駄にリアルな生き人形である。今いる廊下の右側には階段横のデッドスペースがある。そこにごちゃりと無造作に、三十センチ程度の人形どもが置いてある。顔が全てこちらを向いていてぎろりと睨みつけるかのようだった。けったくそ悪、と二人はそれを睨み返し、ただ前だけを見据えた。
 ずかずか進む二人の若者は険しく表情を歪め家の中を進んだ。朝意識の中で怜がしたように手当たり次第の破壊をしても良かったがここには神戸とキョウコという女性がいる。迂闊な行動は取れない。感情の波を上手くコントロールしながら怒りをエネルギーとして蓄積させてゆく。それは何年も鍛錬した末に獲得した既に二人の武器であった。居間に入りその先のドアに向かった時背後から突然声が響いた。
  「いらっしゃい。」
ソプラノでもアルトでもない不思議な声域の声だった。ゆっくりと振り向いた二人の先に、松宮遙がひっそりと立っていた。