【相棒】(二次小説) 深淵の月・わたしの人形はよい人形2
「随分派手なご訪問ですね。」
「すんまへんな。あんまり腹ァ立ってしもてお行儀ようでけんかったんですわ。」
仁がへらっと笑って告げた。目が笑っていない仁の笑顔は彼をよく見知った他の人間が見たら思わず後じさるほどぞっとするものなのだが、松宮遙はにっこりと笑い
「かまいませんよ。お支払いはしていただきますから。」
そう言ってのけた。
「カラダで払えいう事でっか?」
仁の問いに何も答えずただ笑っている松宮。その笑み自体が既に逆鱗。ひとを不快にしかさせない見事なまでに他者を馬鹿にしきった笑顔だった。
「カンちゃんはどこ。」
「キョウコさんどこや。」
その問いにも答えない。だがその策は二人には逆効果だった。怒りを煽る行動や言動に対して完璧に彼らは感情を遮断出来る。逆にすうっと冷静以上に冷静になり、二人の意識はぺたりと平らかに広がった。薄く薄く反比例に深く。二人はこの家の内部を全てサーチした、一瞬で。内部構造や次元の狭間まで瞬時に理解した二人は神戸とキョウコを“見つけた”。後はそこまで行くだけだ。
「…そう焦らなくてもよろしいでしょ?あの綺麗な男の方のこと、伺いたいわ。」
「アンタと茶ぁしばく気ィ無いで。」
「こんだ女言葉かいな。」
その怜の言葉に松宮がギッと視線を投げつけてきた。
「キョウコさん攫った時は男のカッコしてたやん。今はどっちなん?“ハルカさん”。」
ふふん、と鼻で笑ってやった。今の松宮遙は緩いドレスのような、頭からすっぽり被る仕組みのワンピースドレスを着ていた。足首まである長ったらしいそれは柔らかい虹色。なのに一向に優しい印象を持てなかった。ミディアムショートの栗色の髪、ほっそりとした肢体。背の高さはちょうど神戸と同じくらいだろう。顔立ちの美しさも神戸と同じだ。しかし決定的に彼とは違う所がある。神戸は女性にしかあてはまる筈のないコーラのボトルのような肢体を持ち日本人形のような美貌をしている。紅色の唇は果実のようで触れてみたいという密やかな欲求を起こさせる、抑えた性的な魅力も放っている。
けれど神戸は「男」なのだ。決して見間違えることも勘違いすることも無い。神戸尊は紛うことなくいつも常に「壮士(おとこ)」なのである。
なのに目の前の松宮遙はわからない。男なのか女なのかどうしても判断がつかないのだ、この怜と仁の能力を以ってしても。
それは異常な事であった。その揺らぎ、どっちつかずの不明瞭。それが松宮遙という人間だった。今は何かの物の怪に憑かれているからかもしれない。しかしそうではないと薄々二人は気付いていた。自分を睨みつける松宮に、怜はああ、と確信した。私コイツとは絶対に相容れない、と。
「…あなた、嫌な女ね。」
「アンタに言われたないわ。」
ケッ、と吐き棄てる怜。
「いっぺんしか言わんよってよう聞きや。今すぐカンちゃんとキョウコさん大人しゅう返したら半殺しで済ましたる。」
その言葉に松宮は甲高い声で笑い出した。まるで爆発するような神経質な人間独特の笑い。朝聞いた声と全く同じだった。
「ここから出られると思ってるの?」
「アンタこそ俺らどうにかでけると思とんか。」
「身の程知らずな上に“世間知らず”やで。」
その怜の言葉に松宮の瞳がクワ、と“開いた”。本来の目の倍近くになり全部が真っ黒の眼球になった。ごうっと風が吹きつけて怜と仁の髪と全身を嬲った。次の瞬間、フローリングの床の真ん中から黒い闇が一気に広がった。
「お望みの通り、お二人に会わせてあげましょう!」
ソファもテーブルもテレビも飾り棚も全てそのまま。なのに床の闇に怜と仁は飲み込まれた。ずぶっと言った感覚で嵌り、立ち尽くしたまま垂直に落下して行った。仁のジャケットの裾怜のコートの裾さらりとした髪、それらがはためきながら質量のない空間を落ちてゆく。瞬きもせず二人は下を見据えて下降するままに任せた、あの禍々しい部屋に着くまで、神戸とキョウコのいる所まで。見えた。闇の一点が揺らめいて滲んでいた、湿った土が覗いている。
「行くで。」
仁の声と共に二人は無い底面を“蹴った”。下降の制御を外れた二人はくる、と後方一回転し自らの意志で地面へと降り立った。しなやかな膝で屈伸し両手の先をついて着地の衝撃を散らす。軸足と反対の足を各々一度回して立ち上がった。壁際に下りた二人はぐるりを見渡せる位置に居た、素早く一瞥し気の毒な被害者である「立ち尽くす人形」たちを見回す。どこだ。神戸とキョウコ。いた。真反対の位置にキョウコ、右四十五度の位置に神戸。
二人がキョウコをキョウコだとわかったのはやはりその能力ゆえだった。イヤリングの真珠から汲み取っていたキョウコの魂の持つ色合いや波動と振動のパターン、それらのデータと一致する女性が真正面に立ち尽くす姫人形だったのだ。長い漆黒の髪を編み込んで豪奢な簪を挿している。濃い朱色の地にあでやかな撫子と雛菊を配した着物はしとやかなキョウコの顔立ちと雰囲気を更に引き立てている。怜が推測した通りキョウコは美しかった。瞳を閉じていてもそれは容易に、有り余るほどによくわかった。神戸と同じ「日本人形のような美貌」というわけではなかったが、日本人の心の中に遺伝子レベルで刻み込まれた「大和撫子」のような清楚な美貌だった。松宮遙の美的感覚は確かに鋭く美を美たらしめる才能は天賦のものなのだろう。しかし。神戸を認めた二人は状況を客観的に把握してしまったのだった。
怜と仁が目を瞠る。朝見た映像、かどわかされた時の神戸は警視庁帰りだったからもちろんいつものスーツ姿だった。なのに今神戸は白地に細い水色の縦縞模様の着物を着ていたのだ。江戸の町の遊び人といった風情の着流しで、帯は藍色の貝の口。はだけた胸が白く輝きまだ神戸の命の灯火が消えていない事を知らしめていた。しかし、である。オイ!と二人は同時に心中突っ込んでいた、つまりそれはこの神戸尊を
【ハダカに剥きよったんかアイツ!!!】
ぶわっと二人の怒りが部屋中に溢れた。空気の体積が一気に増して思わず怜は見境なく一歩を踏み出そうとした。それは即ち美しく飾りたてられているとはいえキョウコにも言える事だからだ。女の怜の方が体に関する事は直情で、かつそれは他者の痛みをも感じてしまう怜と仁ふたりの特性でもある。しかし仁の左腕が怜の特攻を阻んだ。同時に怜の足も自らの制御で留まった、仁が見つめるモノを怜も視界に入れていたからだ。
白い糸が部屋中に張り巡らされていた。縦横無尽に秩序なくきらきらと輝きながら。触れれば切れる。肉を断つ鋭さを持つと知れるのはこれがヒトの為した業ではないからだ。しかし二人は同時にげんなりしてしまった、ああわかりやす。
「あーめんどくさ…怜、どっちゃがする?」
「私でええよ。一瞬や。」
そう言うと怜は右の人差し指をかざした。心の中に浮かべた真言で加減をしながら“呼んだ”。ぼうっ、と次の瞬間指の先に炎が点った。
作品名:【相棒】(二次小説) 深淵の月・わたしの人形はよい人形2 作家名:イディ