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【相棒】(二次小説) 深淵の月・わたしの人形はよい人形3

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何をも切り裂く音が地下の穢れた部屋に響いた時同時に細胞が破裂する音も轟いた筈だった。しかしあまりの高音域の音が炸裂した為鈍重なその音は掻き消えた。極彩色で毒々しい色合いの女郎蜘蛛のボディを貫いて高出力のエネルギーが土壁にぶち当たる。その両方を灼いてオリハルコンのロッドが光を収めた。音波の法則に則って振動音が遅れて響き渡る。それが弦楽器の余韻のように消えた時松宮遙はやっと現実を把握した。

    【 キシャアァァ!! 】

ウィリーのように体を持ち上げ蜘蛛がのたうった。ボディに乗ったままの松宮を構う余裕もなく腹のど真ん中に穿たれた穴をかばうように暴れまわった。ロデオのように曲乗りを余儀なくされ松宮が蜘蛛のボディにしがみつく。糸で繋がれたままの桐生院怜も一緒になって揺さぶられたが蜘蛛との距離があった為まだましだったが。
  「く…!」
  《鎮まりなさい、愚か者!》
松宮の叱責、というより罵声に蜘蛛がぶるぶると体を震わせながらも動きを鈍くした。ぜいぜいと肩で息をしながら松宮が壁を見やった時また破裂音。“ぼんっ!”という音の後ろでキョウコのシールドが腰の位置まで消えていた。あと二度ほどの破裂で彼女の姫装束ごと外に出られる、松宮は愕然とした。こんなに予想を裏切られた事などない、こんなに予定を狂わされた事もない。
  《き…さま》
  <マスター、あれはニンゲンですか。>
唐突に浅黒いマジシャンが言った。松宮の黒い瞳が見開く、“あれ”とはまさか私のことか?
  「さあなあ、俺にもようわからんわ。」
  《なんですって》
  <クモと同一のモノとして処分しますか>
松宮の黒い瞳がぎりりと険しく歪んだ。非常識極まりない存在が素っ頓狂な格好をして平然と自分を侮辱する。処分だと。このおぞましい蜘蛛と同じものかだと。
  「松宮。アンタはどうされたい?」
肩越しに振り返る嵯峨崎仁。静かなそれでいて何かを訴えるかのような瞳だった。
  「人間として命乞いするかバケモンとして俺らに倒されるか。あんたはどっちゃがええねや。」
  《…こ、の、身の程知らずがああ!!》
[この私がやられるわけがない蜘蛛の能力も全て手にした私が下賎なバケモノと同じだとこんな醜い地中を這いずり回るしか能のない汚らわしい蜘蛛と美しくこの世の誰よりも高貴な私を愚弄するにも程がある]
 思考もおかしくなっていた。蜘蛛と一体化した以上既にヒトとしての全ては闇に呑まれ取り込まれているのだと、松宮自身は全く気付いていなかった。しかし実はこの驕った利己主義かつ誇大妄想狂的思考は松宮遙という人間の人生に於いての一貫した主張だった。それを考えれば松宮は既に生きながら限りなく化け物に近付いていたという事なのかもしれない。

 蜘蛛が一気に襲い掛かった。腹に開いた大穴にも溶けた足にも構わず松宮が女郎蜘蛛を操りダー・レグと呼ばれたマジシャンに飛びかかった。蜘蛛はあらん限りの糸を吐きながら前方四本の足で首を薙ぎ払いにかかった。きゅるんとロッドが回った、バトントワラーのように両手で高速旋回させ魔術師は糸を粉微塵に寸断させた。途端巻き起こった竜巻のような風圧、仰け反るように押され蜘蛛が背後へ後退を余儀なくされる。仁の背中には何も届かなかった。その仁はすぐ真後ろで展開される戦闘など全く意に介していないかのようで、怜や松宮、蜘蛛を振り返る事もなく飄々とシールドの処理だけに集中している。す、と仁の両手が動けばほっそりとしたワインレッドの手も動く。少し屈んでキョウコの太もも辺りのシールドにそっと両手を這わせた。いけない。何の策を立てるでなく不用意に松宮が蜘蛛に一歩を踏み出させた時
  <もうよろしいのでは?レディ。>
いきなりダー・レグが声を上げた。はっと松宮が一瞬竦んだ隙にまた破裂音。ぼんっ!という音はあと一度と告げている。キョウコの前のシールドはもはや足元しか残っていない。しまった。唇を噛んだがそれより魔術師の言葉の方が気にかかる。
  《なんだと?》
  <レディらしくもないお戯れは、ほどほどになさっては。>
戯れだと?レディ?こいつの事か? 振り返った松宮に白い糸に埋没した怜の姿が見える。しかし怜は笑っていた。不敵にというより楽しげに、何故だか自分を馬鹿にしきっていると瞬時にわかる笑顔だった。
  《きさま、何がおかしい!》
怒りと共に松宮は糸を伝ってまた電撃を放った、今度は最大出力で。後先をまるで考えていないマックスの放出だった。ただ目の前の怜を屈服させたい、それだけの為に。

  「きゃああああ!!」

ばちばち、と散る火花、閃光の域にまで達した怜の命の煌き。魔術師はただ佇み何の表情もなくそれを見つめ、仁はしゃがみ込みキョウコの足元のシールドへと両手を置いた。
  「あああああ!!」
  《くくく、馬鹿め!この私を侮辱する愚かな奴は》
  「ああああ、あーああ、あ。」
  《な》
怜がにやりと笑って松宮を見据えた。背後で“ぼんっ!”と破裂音がした。

    「なんちゃって。」

松宮の漆黒の瞳が見開く。次の瞬間、怜を拘束していた糸が爆裂した。


    【 バチィッ!! 】


旋風、竜巻、閃光、それら全てが一斉に前方の怜から松宮に向けて襲いかかった。巨大なゴム風船が破裂したかのような音はほんの一瞬の事だったのにそれに続く永劫の時をそれら爆発の副産物に嬲られ続けたような気がした。両腕を顔の前にかざして必死にただそれから耐えるだけしか許されず、松宮は髪をひきちぎられそうな暴風に本能的な恐怖を感じた。
  《な》
ハッと腕を下ろした松宮が見たのは磔状態はそのままに、けれど殆どの糸を自らの力で吹っ飛ばした怜の、空中に浮かぶ完璧なプロポーションだった。服はもちろん着たままだったが開いたレザーのコートの下に浮かぶ肢体は見事なまでの黄金率だった。それを見た瞬間松宮の中の逆鱗が作動した。美しい女、自分よりも美しい女、そして自分に跪く事をせずあまつさえ侮辱する生意気で身の程を知らぬ女。許せない。本能だけで目の前のこの女を鋼鉄が如き爪で切り裂こうとした時怜が笑った。そして両手首に絡み付いている糸をぐっと自ら掴んで言った。
  「おかえし♪」
怜の手から蜘蛛の電撃が逆流した。
  《ぎゃああああ!!》
  【ギイイィィ!!】
  「身の程知らずはアンタやって最初にゆうたやろ松宮!こんな蜘蛛程度の能力(ちから)が私に届くわけないやんけダァホ!!」
楽しげだ。桐生院怜は実に楽しげだった。やられるふりというのは存外ストレスの溜まるものなのだ。
 バチバチバチ!と松宮、そして蜘蛛の体から火花が爆ぜた。あまりに明るい閃光が迸りキョウコの頬を命ある者として照らした。その頬にそっと触れ、仁はなんとか間に合ったのだと確信した。はあああと長く嘆息し心底ホッとしながらも、同時に彼は苦笑していた、なにがお返しやと。エネルギー量比較にならんやんけと。