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【相棒】(二次小説) 深淵の月・わたしの人形はよい人形3

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 つまり怜は蜘蛛の電撃に「上乗せ」していたのだ、怜の、いや「キリュウの力」を。仁は桐生院道場のテッパンとわかりつつ、お約束としてきっちりツッこんでおいた、ごほんと咳払いまでして。

  「怜、それはタダのお返しやのうて、倍返し言うんや。」

どんな時でも隙があったら逃さずボケる、振られたボケには必ずツッこむ。売られたケンカは残さず買うて、返す拳は倍返し。天下茶屋の怜のおじの、それが家訓が如き厳命であった。毎朝門下生全員で唱和させられたそれをきっちり実践している二人、もはや魂に染み込んだサガである。

 ふらりと倒れかかってきたキョウコを支え、仁は壊れ物扱いで彼女を姫抱きにした。土の天井を見上げ叫ぶ。
  「柘榴、キョウコさんも頼むで!」
  〈がってんでさ!時がかかったんでやきもきしやしたぜ!〉
  「ちーとヤバいかもしれん!流れの一部彼女に繋げたってんか!」
  〈任しといておくんなさい〉
ああ頼もしい。カラスにしとくんはホンマに惜しい。心の中で不可思議なカラスを賛美しながら仁が空間にキョウコを捧げるように差し出す。柘榴のレース編みのようなシールドが一気にキョウコを覆った。その中で彼女がほのかにきらきらと、金粉を撒いたかのように輝きだした。柘榴が自然エネルギーの一部をキョウコに直接“繋げた”のだった。
  「柘榴、カンちゃんとキョウコさんは任したで!ダー・レグ、おまはんは地下を頼むわ!この部屋の強化とガードをしといてんか、ここに並んでる犠牲者の皆さんのカラダ、絶対に潰したないねん!!」
  <イエス、マスター。>
言うが早いか蒼い魔術師は直立のまま足から地中へと姿を消して行った。ずずずと沈む浅黒い体を見送って仁が蜘蛛と怜へと向き直る。怜の“電撃”はまだ続いていた、あーこら相当ハラ立てとんなと、仁はかりかり頭を掻いた。

  《あああああ!!》
  「まだまだやで、遠慮せんとたらふく味わいなはれや!!」
  「サービス過剰やでー、怜。」
 あー、こらアカン。キレてもうたわ。下から見上げてツッこみつつも仁は苦笑した。自業自得とはいえちょぉ気の毒やなと。なにしろあの巨大な女郎蜘蛛ごと宙に浮き上がっていたのだ、電撃の出力が高すぎて怜が手繰り寄せたまま筋肉がつっぱらかって弛緩を許さず怜に持ち上げられたまま静止してしまっているのだ。んー、と仁が手持ち無沙汰に困っていたらやっと怜が電撃の放出を止めた、唐突に。直後ずううんと地響き。蜘蛛が松宮を乗せたまま地面に落下したのだ。ぴくぴくと震える毒々しい足と体、乗った松宮は蜘蛛のボディに突っ伏したままぴくりとも動かない。ぶすぶすと燻されたような不快な焦げ臭さが漂ってきた。どうやら火が点くからやめたというだけの事だったらしい。松宮の白い裸体が真っ赤に変化していた。所々部分的には火傷を負っている。電撃の火傷である。
  「立たんかい。」
自分も地面に降り立った怜が呟く。極低音の、心底怒り狂っている時の声音だった。
  「たかがこれだけで済むと思とんちゃうやろな。」
あーなんか懐かしい声音やな、と仁は思う。あの時、鬼椿組を壊滅させた時。ノリコを奪われて二人揃って悪鬼が如く討ち入ったあの時の、俺とコイツと二人の声音や。
  《だ… ま し、た …な》
  「それはそっちやろ。」
仁が静かに告げる。怜に並び立ち相棒とは正反対の水面のような静けさで続けた。
  「俺とカンちゃんとキョウコさん言うた通りに自由にしときゃ、怜もここまでせえへんかったんやで。」
  「アンタがああいう手に出るいうんはわかっとったさかい別に驚きもせんけどな。」
  《……。》
ぎり、と唇を噛む。蜘蛛の極彩色の上で拳を握り締め血が滴るほどに唇を噛み締める。どうすればいい。どうやればこの生意気な女をひれ伏させる事が出来る。だがそんな事を悠長に考えている暇は無かった。松宮にとっての地面、即ち女郎蜘蛛の巨体が凄い力で前方に引っ張られたからだ。
  《!!!》
  「オラ!!」
次の瞬間鈍いくせに実に鋭い音がした。肉が捲れる音、自らの体にめり込む音。蜘蛛の巨体が嬲られる音。

    怜が繋がったままの左手の糸を引っ張り右の拳で蜘蛛の口の辺りを抉ったのだった。

  「松宮!アンタを引き摺り下ろしたる!」
  《なんですって!》
言うと同時に鋭い音が続いた。真下に見える怜の両拳が蜘蛛に炸裂している。先刻の鈍重だった漆黒の体に喰らわせたのと同じガトリングガンのような連打だった。だがすぐにそれとは違うと松宮は気付いた。拳に“乗せている”のだ。怜の力、彼女の得体の知れない霊力の源を。総毛立った。これでは保たない、この蜘蛛と接続させている私と蜘蛛双方の霊力と妖力、それをフル出力にしてもこの拳一発分にも満たない。ヒイ、と喉の奥が鳴った。その事実に戦慄したからではない。松宮は見てはならないものを見ていたからだ。拳を繰り出し続ける怜の背後に、確かに見たからだ。とてつもなくおぞましい得体の知れない、何かを。

 ぐにゃりと空間も時間も歪ませてそれは居た。確かに怜の後ろにいながらそれはこの空間のそこかしこに居た。存在という定義を逸脱した禍々しい何か、桐生院怜という女がいやそれ以前の彼女の母や祖母や、遥か時代を遡り脈々と守り封じその身の内に閉じ込めてきた、どうしようもなく厭らしく強大で狂気を孕んだ何か。触れるどころか近寄っただけで肉体など蒸発するか凍って瓦解するような、とんでもなくおぞましく強い何か。

 松宮遙はその瞬間、確かにその存在をその目で見た。見るだけで人を侵してしまう穢れたそれを、ヒトともバケモノともつかない松宮は確かに瞳の内に映したのだった。


  「オラァ!!」

  【ドオン!!】

 ひときわ強烈な一発が蜘蛛に炸裂した。その瞬間松宮の大地、女郎蜘蛛が大地震に遭ったかのように揺れた。それは松宮と蜘蛛を接続していた妖力が完全に断ち切られたという事を指す。勢い余って松宮の裸体がずるりと滑る。
  《…!!》
掴むべきものも無かった。何も掴めなかった。松宮遙はただ為す術もなく地面へと落下した。
  「松宮。」
怜が近付く。うつ伏せたまま松宮は動けない。
  「落とし前っちゅう言葉、知ってるやろ。」
ぐいと髪を掴まれ上向かせられた。視界に広がる桐生院怜の美麗な顔。それが怒気を孕み自分を見下ろしている。蔑んでいる。この私を。
  「引き際っちゅう言葉もあるな。」
仁がゆっくり近付きながら言った。
  「「覚悟キメてもらおか。」」
二人が揃って言った次の瞬間、腹に強烈な二つの拳がめり込んだ。

    「……!!!」

がぼっと胃液を吐いた。それが届く前に二人の拳は引き怜の右の蹴りが首筋にヒットした。松宮が吹っ飛んだ先でスニーカーの蹴りが胸を突いた。陸上の記録を保持する仁が着地点に先回りしたのだ。犠牲者達が居並びキョウコの居た場所の穴が空いた壁に激突しずんと地面に沈む。げほげほと咳き込みながら必死に目を開け前を見つめる。霞む視界に並び立ち自分に近寄る怜と仁が見えた。