二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

【相棒】(二次小説) 深淵の月・わたしの人形はよい人形3

INDEX|7ページ/7ページ|

前のページ
 


  「…だから松宮。私はあなたが、いいえ、他の全ての人を羨んでいると言えるわ。こんな“日常”を過ごさなくてもいい“普通”の人たちの事を、幼い頃からずっと羨んで生きてきてるのよ。…多分ね。」
怜がもう一度屈んで松宮を覗き込む。そしてどこか痛そうな、辛い表情を浮かべた後怜が言った。

  「だけどね松宮。それって、“きりがない”のよ。」

 きりがない。 その一言が、またしても松宮の中の何かに微かなひびを入れたのだった。

  「こんな事、内戦の続く政情不安の国に住む方に言ったらきっと怒るわ、少なくともお前は機関銃で狙われる事も地雷で跡形もなく吹っ飛ばされる事もないだろうって。硝煙と銃声が日常でないならそれは絶対的に、平和なんだって。」
松宮の瞳だけでなく唇も開いた。しかし言葉は紡がれず声も出なかった。
  「そして言われるかもしれない、だったら俺と代われって。こんないつどこで殺されるかもわからない国にいるよりはバケモノ憑きでも平和な日本の方がいいって。そしてその人は私よりも遥かに強い精神力でこの__を押さえ込むどころか完全に葬り去る事すら出来るかもしれない。」
  「…。」
その例え話は確かに説得力があった。しかし。
  「私だって何の制約もなくただ自分の命の為だけに闘えるのならその方がいいわ、今よりよっぽど自由だもの。どれだけ悲惨な国情でもし運悪く死んだとしてもそれは自らの意志で選んだ末の死ですもの、何の後悔もないわ。だけど松宮」
怜が松宮の腕を掴んだ。松宮は竦みもびくつきもしなかった。

  「【そんなこと、出来るわけないじゃない】。」

仁が静かに瞳を閉じた。

  「誰かを羨んでその人の運命や立場ごと、そっくり取り替えるなんてできやしない。誰かに自分の辛さを肩代わりしてもらうなんて、そんな事絶対に出来ないわ松宮。」
  「…あ… 」
  「それぞれ持ってるもん親からもろたもん、後から手に入れたもんで自分自身の戦いしてかなあかんやん。人っちゅうのは生まれて死ぬまでそれしか、それだけしか、でけんもんな。」
  「与えられたものでしか人は自分を創れない。その場所とその立場で、必死に生きていくしかないのよ松宮。私の苦しみは仁にもあなたにもわからない。仁の苦しみも私だけでない、あなたにも他の誰にもわからない。そしてあなたの苦しみも松宮、私はわからないわ。心の内を思いやる事は出来ても完全に理解する事なんて出来ない。あなたは選べば良かった、男でも女でも第三の性でも、どうやって生きていくかを選べばよかった。辛すぎてそれが出来なかったのはわかるわ、だけど松宮。」
ゆっくりと顔を上げた。怜の瞳に自分が映っていた、見た事もない頼りなげな表情の自分を、松宮は初めて知った。

  「それは第三者へ八つ当たりする事の言い訳にも、まして免罪符にもならないわ。」


  「……… 」

 自分の中が虚ろになっていくのを感じていた。松宮遙はゆうるりと俯いて、ただ呆然とそこに座っていた。自分の心が急速に冷え縮まり、己の核の更に奥へとしぼんでゆくのを松宮ははっきりと自覚していた。そこは精神の待避所で、そこへ己の全てを押し込める事は認識の崩壊と転覆を今この瞬間体感している松宮の、自我を破壊しない為の動物的本能であった。桐生院怜はそっと掴んだ腕を離して松宮を見やった。少しはわかってくれたのだろうかと怜は思う、あのまま警察へ引き渡した所で現実的な刑は粛々と執行されるだろう、しかしこの現世に於いて“既に理解し悟って”いれば、まだ松宮の魂は救われる。
  「大丈夫や怜。」
  「仁。」
  「わかってるで、コイツも。やっとわかったんや。」
  「…うん。」
自分達が誰かに説教出来るほど偉いとは、この二人は全く思っていない。ただ他の人間が知らない事を幾つか知っているだけ。それを伝えて相手の考え方をほんの少しでも変化させられたらいい。誰かを変える事は誰にも出来ない、変えられるのはその当人だけ。他者はそのきっかけにしかならないのだ。そして。
 自分達が誰かのきっかけになれればいい。怜と仁が常に思っているのはそれだけだった。
  「…松宮。」
そっと頬に触れてみた。冷たく冷え切った頬。虚ろなそれ自体がお人形のようになってしまった松宮を、怜は抱き締めた。強くつよく、自らの腕の中に抱き込んだのだった。

  「帰って来なさい松宮。 いつか…そう遠くない、いつか。 必ずね…。」

それは裁判までという近い時間なのか来世という遥かな時の先なのか。怜自身にもわからない、松宮遙の為だけの、小さくてささやかな呟きだった。





2012. 02. 10. - 2012. 04. 30.