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【相棒】(二次小説) 深淵の月・わたしの人形はよい人形4

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  「私は、今度こそ、間違えたくないんだ。」
  「春樹く… 」
  「間違えたくない。その為には、逃げるわけにはいかない。決して。」
  「春樹くん」
“今度は、ちゃんと見て下さい。” かつての声が風に乗ってよぎる。
  「隠さないでくれ怜… 私にきみの背負う幾分かを、分けてくれ。」
  「春樹くん」
“相手はあなたを愛しているからこそ隠すのです。愛するが故の優しさです。決してそれに甘えてはいけませんよ。”
ああ。今だからこそわかる。杉下右京のあの、厳しくそして優しいひとことが。その真の意味が、大河内の胸に沁みる。

  「私に、きみも仁君も、そして神戸も…護らせてくれ。」
  「… っ!」

 薄汚いとわかっていた。自戒しながら縋りつかずにいられなかった。怜自身の“真実”を隠したまま大河内にその言葉を言わせてしまった事。鬚切という役目を背負わせただけでは飽き足らずまだ更に自分はこの男から奪うのかと、自虐しながら怜はその胸に埋もれてしまった。

    『 卑怯者…!! 』

醜い。自分はなんと醜く、そして浅ましい。


  「ご めんな さ、い… 」
  「…怜?」
  「ご、めんなさ…春樹く… ご…めん… 」
  「怜?なぜ謝るんだ? …怜?」
  「…。」
言えなかった。詫びの理由。怜の真実。もしそれを告げたなら、きっとこの男は自分を疎み退けるだろう。愛しているからこそ隠す、その杉下右京の一言は桐生院怜にも当てはまるものだった。全く違う、正に彼が言ったのとは真逆の意味で。
  「怜。きみと仁君は大丈夫なのか…?」
  「え…」
  「怪我はないか?」
  「うん…。」
  「神戸の収容された病院まで、案内を頼めるか? …怜?」
  「うん…うん。だいじょうぶ…。」
  「…もう少し、こうしていよう。」
  「…… 」
大河内の手のひらが怜の髪を撫ぜる。幼い頃にしてくれたのと同じ仕草に怜の強張りが溶けてゆく。嘘も隠した事実も赦してくれると、ご都合な思い違いをしてしまいそうな程にあたたかい。

    『最後まで…隠し通せたら…』

そうすればそれが真実になる。忌まわしい現実は大河内にとってだけは無かった事になる。卑怯を上乗せするとわかっていながら怜は願った。そうなって欲しいと。

    それが桐生院怜という人間だったと。大河内にだけはそう遺して逝きたかった。



  「…たく… マジでムカつく…。」
 ぼそりと殺気含みで呟いたセリフ。穴の縁で耳ざとく芹沢が聞きかじり、茶目っ気たっぷりにからかった。
  「せんぱーい、なんすかそれ!大河内監察官にヤキモチっすかあ?」
  「ああぁ?」
ぎろ、と般若顔で凄まれても最近の芹沢は怯まない。こと怜に関しては図星の事が多いからだ。
  「つーかかわいい娘をヨメに取られる親父の気分っすかね!」
  「誰がオヤジだバカッタレ!!」
スパーン! 実にいい音をさせて伊丹が頭をはたく。痛いいたいと笑いながら芹沢が離れた。ふいともう一度空き地のはじを見やり、ち、と忌々しげに舌打ちをする。
  「…気に入らねえんだよ、監察官どの…!」
 何故かはわからない。伊丹にも理由は知れない。
  けれど伊丹憲一は怜に対峙する大河内春樹を疎ましく思うのだ。有り体に言えば苛立ちを募らせ怜の周囲から叩き出したい衝動に駆られる。

 それが何に由るものなのか、伊丹にはわからない。桐生院怜が最後の戦いに臨む、その時まで。


  〈お手並み拝見といきやしょうかねえ…。〉
 遠く離れた一本杉のてっぺんで、不可思議なカラスが左の見えない瞳を煌かせる。映るのは怜と大河内。抱き合いながらすれ違う皮肉な二人は柘榴にとっては滑稽でしかない。人間てのぁいつの時代も、とくつくつ嗤う。
  〈おめぇさんの“お覚悟の程”を、じっくり検分させてもらいやすぜ旦那。〉
ばさ、と翼を広げる。振り下ろした瞬間鉤爪を枝から開放する。
  〈言うだけなら旦那。 誰にだって出来やすからね。〉

    “ カァッ!! ”

ひとつ高く鳴いて飛び立つ。曇天の空に消える黒い塊は正とも邪ともつかずただ潔く、地を這うしかないにんげんどもを置き去りにして行った。










End.


2012. 04. 30. - 2012. 07. 11.