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タイムアフタータイム

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美木杉愛九郎はその日大阪にいた。
ヌーディストビーチの組織解体とそれに付随する諸々の手続き――たとえば機器の後始末であるとか、構成員の再就職であるとか――には当初想定していたよりも時間がかかっていた。纏博士亡き後を任されていたのは自分だから自分が後始末をする、と出来る限りのことに自ら立ち会った。
基地跡地からの最後の重機搬出のため宝多財閥系列の会社から大型車両を呼び、もう小一時間もすれば作業が終わると言ったタイミングで美木杉の携帯電話が震えた。黄長瀬紬からの入電であった。黄長瀬は休学していた大学院に復学し、研究者へと戻るために実験室に籠る日々を続けていた。食事・トイレ・睡眠以外の時間を実験室で過ごし――時にはトイレ以外実験室で済ますことさえあった――連絡も鬱陶しがっていた黄長瀬からの電話というのは極めて異例のことだが、美木杉の声は平生となんら変わりはなかった。
「どうした紬、今日はラボ暇なのかい?」
「二つ、いいことを教えてやろう」
返事代わりの黄長瀬の口癖について美木杉は今は亡き黄長瀬の姉、絹江から聞いた事があった。あの口癖は元々紬を可愛がってくれた叔父さんのものなの、自分が始めましたみたいな顔してるけどね、と。
「一つ、実験の大きな山を越えた。これから検証作業が待ってるが、恐らくものになるだろうと思う」
「そうかいおめでとう。で、もう一つは」
「うちの大学が学校法人ごと鬼龍院の傘下に入った」
それのどこがいいことだ、と美木杉の表情が強張った。黄長瀬を伴って宝多金男に研究施設への資金提供を依頼してからさほど日にちは経っていない。それにもかかわらず学校法人単位で買収というのは明らかに手が早すぎる。前々から予定があったという情報はない、東京を発つ前に纏博士の遺児である流子には挨拶をしたが大阪行の用件はぼかして伝えたはずだ、ならばどこから、と思考を巡らせた美木杉の脳裏に流子の姉が浮かぶまで時間はかからなかった。
「皐月お嬢さんか……頭の回ることだよ、やってくれる。大人に後始末は任せておいてほしかったんだけどな」
「特別にもう一つだけ、いいことを教えてやるよ。大人(あんた)が思ってるより、あいつらは子供じゃない。両腕広げて庇ったところで脇から潜り抜けて自分から飛び込んでいく性分だろうが。偽教師やりすぎて却って目が曇ったのか?」
黄長瀬の呆れた声を聞き、美木杉は皮肉気に唇の片端を上げた。
「子供じゃない、か。自分もそうだって言いたいのかい?」
「少なくとも理由なく二十歳越えた男を子供扱いするヤツが立派な大人だなんて面してんのは業腹だな」
悪かったよ紬、と美木杉は電話の向こうに詫びて溜息をついた。
「もうすぐ僕もそちらに戻るよ。その時にはまた飲みにでも行こう」
やなこった、という黄長瀬の悪態を聞かないふりをして美木杉は通話を終えた。しばし顔を伏せ何か思案していた彼の耳に搬出作業に携わっていた構成員から呼ぶ声が聞こえ、美木杉は彼らの元に戻った。
作品名:タイムアフタータイム 作家名:河口