タイムアフタータイム
皐月の説明はこうだ。鳳凰丸が取り込んだ人間を失っても未だ消滅していない布型COVERSを複数所持している可能性があり、夜な夜な徘徊する人型COVERSらしきものは動力を得るために人間を襲っているのだろう。件のREVOCS社衛星は廃棄待ちではあるが未だ宇宙上にあり、衛星で再び繭星降誕のための信号を地球へ送ることは可能となっている。そこへ辿り着くためには直下にある学園から出発するだろう、学生たちを襲って頭数が揃ったところで本能字学園を襲いに来る可能性が高い。
「おそらく卒業式を狙ってくる公算だろう。通常と違い講堂に全校生徒及び教職員が詰めていて警備は手薄だと思われているし、生命戦維復活の狼煙としては大舞台こそふさわしいと考えているはずだ。そこを待ち伏せて叩く」
「まさか卒業式ごと罠にして狙う気か? それなら私がやる。手伝ってくれるだろ?」
流子がちらりと美木杉を見た。
「ああ、もちろんだとも。紬にも手伝ってもらおうかな。予想より敵さんが大勢いらっしゃった場合僕だけじゃ心もとないのでね」
「しかし流子、三人では」
「やれるさ」
流子は自信ありげににやりと笑った。
「それにさ、姉さんの晴れの卒業式じゃないか。儀式は儀式としてやっときなよ。生徒会長様の最後の演説聞けねえのは残念だけど、賊はしっかり叩いといてやっからさ」
流子がホルダーから携帯用サイズになっている断ち斬り鋏を取り出した。
「そのために、こいつが私の手元に戻ってきたんだろう? 出来るなら、最後の大暴れであってほしいもんだけどな」
「そう、だな」
流子の微笑につられるように皐月も微笑んだ。
「さて、そうとなると僕は急急救命吸引具の手配をしなきゃいけないかな。紬の武装も必要だろうし。やれやれ、折角ヌーディストビーチの基地が片付いたと思ったんだけどなあ」
美木杉は努めて軽い調子で嘯いた。流子の自信ありげな言動の裏に姉の大事な儀式を壊そうとする輩への怒りと同時に鮮血なしでの戦闘に対するわずかな不安を読み取ってしまったような気がしたからだ。
(杞憂だといいんだけれどね)
己の内に心配を仕舞い込もうとした美木杉はかつて絹江に言われたことを唐突に思い出した。
『貴方の癖なのかしら? 自分が不安に思ってる時に平気な素振りで誰かの心配したがるの』
(ああ、その通りだよ絹江さん、僕はやっぱりまだ大人になりきれていないのかも知れないよ)
記憶の彼方から何年か越しに指摘を受け美木杉は嘆息した。
「なんだよ先公、まさか今になってビビったとか言うんじゃねえぞ?」
我に返ると憎々しいほどにからかいの笑みを浮かべた流子に覗き込まれ、美木杉は髪をかき上げてみせた。
「あまり大人をからかうもんじゃないよ流子君。仮にもヌーディストビーチのスプレンディッド・ネイキッド・オフィサーを務めたこの美木杉愛九郎が戦いに恐怖するなど、寝言は寝てから言いたまえ」
「はっ、私の足引っ張るんじゃねえぞ。それと」
流子は一旦言葉を切ると真剣な眼差しで空を見据えた。
「あんたと黄長瀬はCOVERSの相手をしてくれ。鳳凰丸は私がやる。そうしなきゃいけない気がするんだ」
鳳凰丸と羅暁との関係について何か思うところがあったのか、流子はきっぱりと決意を込めてそう告げた。
「そうかい。ならば紬にも伝えておこう」
美木杉は立ち上がると皐月の前に立ち一礼した。
「それじゃ準備もあるし、僕は失礼しますよ。卒業式には元教師として祝電の一つも打っておきますので」
「お気遣い無く。当日はよろしく」
姉妹を残して美木杉は部屋を退出した。
行きと同じリムジンで東京駅まで送られ、揃に別れを告げた美木杉は新幹線の改札へ向かおうとした足を止め、携帯電話を取り出した。
「ああ、紬? よかった、今は暇かい? ……ああ、二つ、いいことを教えてあげよう」
人の口癖真似すんな、という不機嫌そうな声を電話越しに聞き、美木杉は破顔した。
作品名:タイムアフタータイム 作家名:河口