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ながさせつや
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novelistID. 1944
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流血日和

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 腹が痛い。
 正確には下腹部が痛い。
 っていうか生理痛で痛い。
 腰が痺れるようにだるくて痛いし、腹は内側からじわじわと鈍い痛みが打ちつけてくるし、胸がいつもより張って痛いしむず痒いしでたまったもんじゃない。こめかみ辺りもチリチリと痛むし、それによってイライラもする。生理中の喫煙はよくないと幽に咎められたことがあって、口もさびしい。
「生理痛ひどい時はお風呂に入るといいよ」
 いつか幽が言っていた言葉を思い出し、思い立って決行することにした。
 幸い、今日は一日、休みだからダラダラしていてもいいだろう。朝の十時から風呂の準備とは、我ながら贅沢である。まあこの痛みがどうにかならないことには外出する気すら起きないけどな。
 そんなこんなで浴槽に湯を張った。とりあえずこの鈍痛が少しでも治まるならなんでもいい。
 全く、なんでこんな面倒くさいことが毎月起こるんだ。血が自分から抜け出ていく感覚、減った血のせいで激しく動くとくらくらする身体。重たい重たい枷のようなソレに、もう何年もつきあってきたわけだが辟易する。
 起き抜けから痛みのせいでまともに動けなかったので、着替えてもいない。浴槽の湯はそろそろ丁度良い頃合だろうかと洗面台の方へ様子を伺う。湯の落ちる音の鳴りが、そろそろだと告げていたので間着と下着を脱ぎ、風呂の扉をあけた。この借り屋自体が古いせいもあって、風呂場も相応に古い。狭いタイル敷きの風呂場に、蛇口から湯を落とすタイプの(追い焚きはかろうじて出来る)、今の時代にすれば少しばかり深くて真四角気味の浴槽。シャワーは後付けタイプのもので、あまり使っていない。
 湯を張るために少しだけずらしていた風呂蓋を、そのまま全て取り上げてタイルの上に立てる。
 むわり、と熱気が狭い風呂場に広がった。白くうわんうわんと、水蒸気が視界を曇らせる。
 風呂桶で適当に掛け湯をして湯船につけると、片足を湯に差し入れただけでじんわりと良い心地になった。生理痛のせいもあったが、どうやら寒さのせいで身体が縮こまっていたらしい。
 ちゃぽん、と首から下を体操座りのように丸めて、湯の中へ収める。痛かったり辛かったりの場所をあたたかな温度が包むようだった。ああ、気持ちがいい。幽が言っていたことは正しいな、などとまどろむ。狭い浴槽だから寝転んだりは出来ないが、深めのつくりをしているので肩まで浸かるのは難しくない。首を後ろに倒し、浴槽のへりに乗せる。肩凝りも酷いので、肩まであたたかくほぐれるのは至福だ。ああ、今日、休みでほんと良かった……―――。

「なにこれ母乳出るの?」

 気付けば瞼が下りていたらしい。声が、嫌な感じの声が、というか―――不穏な言葉が、聞こえて目を覚ます。意識が一時(いちどき)に覚醒する。予想もしない姿に、あいた口がふさがらない。
「あ、おはよう、シズちゃん? ねえ、母乳でも出るの? すごいおっきいけど。誰の子?」
 見たくもない、顔。聞きたくもない、声。そして触れられたくもない指先は、あろうことかこちらへ伸ばされて、胸へ、落とされていた。触るとか生易しいものじゃなくて、これはあれだ、掴まれている、が正しい気もする。
「な、おま、……ドア!」
「ドア? ああ、鍵のこと? 安心してよ、ちゃんと閉めてあるよ。俺が入るときにはちゃんと閉めたもん」
「朝からずっと閉まってたはずだ!」
「それはまあ、情報屋の企業秘密ってことで」
 ね、おはよ。と微笑まれて、湯の中にあるはずの背筋がぞっとする。まだ浴槽のふちに乗せたままの頭を抱えるように臨也の腕が回される。ホールドされる。……ここで何を。
「……何、しにきた」
「何って……そうだね、ナニかな」
 古典的な言い回しで、黒い笑み。臨也の瞳がギラと光っているのには、気付いていた。


作品名:流血日和 作家名:ながさせつや